「シラート」圧巻(∗︎*⁰͈꒨⁰͈)˚四つ打ちデスロード♪意外に旅あるある♬反因果律なランダム性は「ヨブ記」的絶望「私の聖書物語」「使える!確率的思考」


どうやら、物凄く評判が良いので、外出のついでに有楽町ヒューマントラストへ。
 
レイブについては、記憶を掘り起こしつつ、若干予習。(後述)
世間の評はネタバレにしない範囲で確認。
賛否あり、
どうやらストーリーは、散らかってるらしい。
 完成度が低くく、作品が破綻してる為か、
 物語でしか鑑賞出来ない観客の問題か、
それは観ないと判定不能で、五分五分。
 
2025年カンヌは、
金「シンプル・アクシデント
銀「センチメンタル・バリュー


に次いでの銅メダルが本作、
予告編からも、見応え充分の重量級と期待。
お話はどうあれ、観るだけの価値は有るだろう。
 
最後列を予約。爆音に耐えられないかもしれない。 
 
 
 《 開幕 》
※極力ネタバレ避けます。若干触れる点あり。
 
 
 
圧巻でした。
開いた口が塞がらない儘、エンドロール眺めて、
 金メダルでも、私は文句なし。競合が強すぎた。
 カンヌが常に、こんな力作揃いなら、
 是枝的近未来は、ちょっとドン・キホーテだな。
などと連想もしつつ、一息。

映像が凄すぎて、それだけで充分ですが、(後述)
意外に旅あるあるで、思い出が去来しました。(後述)
 多少危険な目に遭いながら暮らしていて無事で、
 平穏に普通に生きていても、津波に攫われる事もある。

 人間の脳は因果律で理解する。が現実は理不尽にも、事象はランダムに発生。(後述)
 確率論でしか、世界は説明出来ない。神様はサイコロを振る。
そんな、旅行の心得も思い出しました。
金メダルが描く、因果応報の希望と対照的に、
銅メダルは、不確実性の絶望を焼き付ける。 
 
音楽は、ウルサイとの評もありましたが、レイブですからね。
それは自己責任と心得るところ。
そういえば、
 砂漠を眺めながらのバス移動で、伝統音楽が流れると、
 機械的なリズムにトランスしてしまう。
そんな昔を思い出しました。
砂と山肌が延々続く景色は、無機質な四つ打ちとシンクロします。(後述)
 
ストーリーは確かに、投げっぱなし。

それでも楽しめるかどうかは、観る側の技量。
この世の無慈悲に思いを馳せつつ、生き延びるだけで手一杯と、
私はヘトヘトに成り果てました。
逆に、
現実は理不尽との実感を得ること無く生きられたら、
共感出来ないかもしれない。
 
 
タイトルは、天国に至る細く険しい道程のことらしいです。
まあ、鉄骨渡りをイメージすれば、宗教的知識は無くても良し。
https://amzn.to/3PMIp1G
 
 
 0.レイブとは
 1.スーパー16mmの映像
 2.旅あるある(ネタバレ気味?)
 3.西サハラ事情と地雷
 4.アンチ因果律 確率思考 「ヨブ記」 
 
それでは、地獄の要素を個別に。
 
 
0.レイブとは
 ちょっと、予習しました。
 
 最初の記憶は、やはり映画で、フェリーニの遺作。

 レイブの波もかき分けて、ドン・キホーテのような珍遊記が続く。 
 相変わらずストーリーは不明で、意味は分かりません。
  たまには喧騒を離れて、月の声を聴こう。
 とレイブには批判的だった気がする。
 
 当時の私は、ヨーロッパでこういうムーブメントが起こったと知る。

  UKのサッチャリズムにアブれた若者たちが、ゲリラ的に始めた野外の音楽の祭り。
  アシッドハウスやテクノと融合かつ、
  ドラッグ・カルチャーの流れを汲む。
  レイバーは、しばしば警察と衝突。
  (レイバーはRとLだけど労働者と掛けてる気もする。
   80年代保守党の改革に不満な層は労働党への支持を強固に。
   ブレグジット以降だらしない保守党から、労働党は政権奪取したが、
   スターマー政権のあまりの体たらくに、
   支持がリフォームUKに移るのは、また別のお話)
 
 本作のように、
  自然の中に神殿のようなステージを造り、
  レイバーが募る大規模なイベント。
  多分無許可で、ゲリラ的で、ドラッグ蔓延。
 
 ジブラルタル海峡を超えて、サハラの西で、
 パーティが開催されるリアリティ有ります。
 たとえ、そこが紛争地域でも。(後述)
 
 
 でレイブは電子音楽の、踊り念仏のよう。

 トランスの印象が強い。
 歌と踊りに、クスリにスピ系。

 因みに、
 2000年代スペインのユーロトランスからダッチトランスで、

 日本上陸かな。
 レイブは、特にヨーロッパでは今でも盛んなのですかね。

  
 構造的には、

 キックは、グルーブの無い無機質な速い四つ打ち。
 ベースが主役というイメージが有ります。
 
 本作でも、砂漠でトランス状態になりそう。

 縦ノリ応援上映とか、やっていいと思う。
 
 
  
1.スーパー16mmの映像
 素晴らしいスペクタクルは、予告編からも伝わりますが、
 もっとデカい画角で、パノラマを存分に魅せてもいいんじゃないかなと、
 想ったりもしましたが、それじゃ「アラビアのロレンス」で、

 予算の桁が2つくらい変わってしまう。
 
 コンパクトで機能性高く、奥行きの有る景色も映える。
 スーパー16mm大活躍。

 
 最少の機能で、鮮明で奥行き感じさせつつ、フィルムの質感を残す。

 丁度良いバランスで、あの砂漠の地獄を撮った。
 IMAX「オッペンハイマー」程の規模で無くとも、
 ちょっと最近得難い、迫力の映像でした。
 臨場感素晴らしい。
  
  
  
2.旅あるある(ネタバレ気味?) 
 ときどき、思い出します。
  プノンペンのマーケットで、
  バイクニ人組のひったくりに遭った日本人観光客、
  バッグを手放さず抵抗して、太ももを拳銃で撃ち抜かれ、
  ひったくり犯は逃走。
 そんなニュースを聞いた。
 
 窃盗相手に体は張らないのが、旅行者の心得とも思いますが、
 命より大事な何か携帯して、そんな市場に出向いたのかな。
 恐らく、リスク評価というか、優先順位付けが狂ってると思われ。
 最優先は、まず生き延びること。と学びます。
 
 危険な場所で危険と察知出来ない者といっしょに旅をしない。
 ひとりなら逃げられるシーンで、道連れになる場合も有る。
 分別の無い子供連れは流石に無謀。
  
 まあ、最初から、
 政府の静止を振り切って、
 紛争地帯での行動は、死んでも文句は言えませんね。

  そんな覚悟は無かったな。私は。
  スパイの嫌疑は恐ろしいものですね。
 
  
 劇中、
 災厄は突然襲いかかり、
 椿の花がポトリと落ちるように、予告も無しに、不意に死が現れる。
 危険と隣り合わせとは、こういうこと。
 旅に出てた頃を思い出しました。

 ノルアドレナリンとか、脳汁がドバドバ消費されて、
 あのときは一番楽しかったと、
 感傷に浸ってしまいました。そんなシーンじゃないのに、
 
 
 
3.西サハラ事情と地雷
 私は、鑑賞中は地理的背景知らないまま、観てから復習。
 西サハラは紛争地域だった。

帰属については議論があり、亡命政権であるサハラ・アラブ民主共和国とモロッコ王国が領有を主張している。国際連合の「非自治地域リスト」に1960年代以来掲載されている。
多くの地域をモロッコが実効支配しているが、モロッコによる領有権の主張は大多数の国から認められていない。サハラ・アラブ民主共和国は「砂の壁」の東側の地域を実効支配し、アフリカ諸国と中南米諸国を中心に国家として承認されている。



 砂の壁は地雷原。

西サハラの領有を主張するモロッコが、同地の独立を主張するポリサリオ戦線によるゲリラ攻撃から沿岸主要都市を防衛する名目で建設した。西サハラの独立を求める人々からは「恥の壁」と呼ばれている。
砂の壁はあくまで俗称だが、その名の通りモロッコ軍がサハラ砂漠の砂を高さ数メートルに積み上げて作ったもので、その周辺は鉄条網と地雷で防御されている。
この壁は、イスラエルの技術者と専門家が中心となって建設された。壁の総延長は約2000kmに及び、西サハラの南部国境を経て西サハラ領域内を南北に縦断、モロッコ・アルジェリア国境に達する。壁の西側はモロッコによる占領地でモロッコ軍が監視、東側はポリサリオ戦線による「解放区」で戦線側が監視しており、国際連合の停戦活動もあり、両者の停戦は厳守されている。

 鑑賞にさほど影響はありませんが、
 知っていたら、レイバー達の無軌道ぶりを、もっと実感出来たでしょうね。
 モロッコの軍警察が出動したら、戦闘中は祭りは無理と、私なら諦めます。

 
 ちなみに私は、アフリカを訪ねたことも無く、
 カンボジアの地雷原も未体験ですが、
 ラオスの不発弾地域は、訪ねた記憶が有ります。

 米軍のクラスター爆弾の威力が知れる。
https://4travel.jp/travelogue/10893332
 ただロープも張って安全が確保されたエリアを歩いただけ。
 ジャール平原観光で、現地ガイドにお願いして、立ち寄っただけ。
 ですが、それでも、
 道を外れたらどうしようかと、
 本作のように運を試す気には、全く成りません。
 
 
 
4.アンチ因果律 確率思考 「ヨブ記」
 地雷原と気付いたら、ゆっくり慎重に後ずさり、
 来た道をトレースするより他に無い処ですが、
 人間は愚かにも、偶然に祈ってしまいます。
 
 人間の脳は確率思考が苦手と言います。
 本作、助かった違いの理由を解釈する向きもいらっしゃいますが、
 踏むかどうかは運。神様の思し召しとは運。
https://amzn.to/4dVxax4

不確実性下の意思決定に際して問題になるのは、「合理的な選択」と「正しい選択」の違いである。
とりわけ、「不確実性下における選択の正しさとはいったい何か」という点が大問題なのである。  
たとえば、患者が手術前に執刀医師から説明を受けたとする。それによれば、手術を受けなければ5年生存する確率は50%、受ければそれは90%に上がるが、難しい手術なので失敗して死亡する確率もわずか1%ほどはある、とのことである。このとき、患者の決断はどういうものになるだろうか。
「合理的な選択」、たとえば期待値基準においては、手術を選ぶことだろう。しかし、手術を受けてみたら、運悪く失敗して死んでしまったとする。
この場合、この選択は「正しい選択」だったのだろうか。「選択は正しかったが、運が悪かった」で済ましていいのだろうか。

 この世界では、人間は正しさを追求出来ない。確率的に知るのみ、
 だから、祈りや覚悟が生まれる。

筆者は、不確実性下の意思決定を考えるうえで、人生における「祈り」とか「覚悟」とかいったものを排除できないように思う。
資産蓄積がままならず、慎ましやかに生きる人びとの持つ、自分の生活が次元的変異を起こすことへの「祈り」。
もうこないかもしれないが、自分にとってベストではないチャンスを流すときの「覚悟」。
そういったいわば「文学的」ともいえる思考様式が、意思決定の問題と本質的に表裏の関係にあるように思われるからだ。

 
 
 理不尽な現実に直面すると、因果応報に疑念が生じます。
 出エジプトの頃は、生き延びるため必至で祈っても、
 時代が下り、世が安定すれば、教えは辻褄が合わない。因果律は機能しない。
 砂漠に一神教のモチーフで、連想してしまう。

 信仰の純心が、この世の現実と対峙。
https://amzn.to/4aEswRR

ヨブはまた、因果応報の律のようには必ずしもいかないこの世の現実を指摘し、この世で神の正義はおこなわれていない、といいます。悪人がなぜ栄えるのか、かりにその子孫が罰せられるとしても、そんなこと、悪の本人になんの関係があるのか、といっています。しかも、ヨブはこれらの疑問を、友人たちにではなく、神そのものにぶつけざるをえないのです。

 地雷も戦争も人為ですが、
 大きな力に、ただ翻弄されるだけ。現代でも、そう無力を実感する事は有り、
 あのサハラの大地で生きては、尚更かも知れません。

それにしても、大地というもののあまりにも大きな量感が、当時は直に実感できたでしょうね。地面の中からむくむくと食べ物が自然に生えてきたり、洪水や旱魃で打ち倒されたり、不思議の連続で、自分たちの命運がそれにかかっていたんですから。雷なんてものは、科学で知る前は、想像もつかない恐ろしさだったでしょう。

 
 運を侮らず、人知及ばないことは諦める。
 旅の要諦を思い出す映画でした。
 
 
 
映像も音響も、得難い体験で、
何か一本、公開中を映画館で観るなら、他よりは優先をと、お奨めします。
 理不尽な現実に、ヒリヒリと感情移入出来て、 
 物語原理主義者でなければ、
と条件付きですが。
 
 
 
地獄へ道連れ とは名訳。

エレクトロでなく、迫りくるベースを思い出してしまった。
 
 
 
2026.06.09 18:00現在
 20MA抜けから、一旦反発ですが、
 半戻しに、力強さを感じるかどうか。
 抵抗も強そうです。突破するなら、またついて行きます。

カテゴリー: 書評、映画評など パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*