観もせずに「果てスカ」悪口の贖罪に、観ると決めていた。
「コナン」の余波凄まじく、21:50スタート回有り。
それもまた良しと予約。
予習は、シェイクスピアの生涯をWikipediaから。
ウィリアム・シェイクスピアは1564年に
イングランド王国のストラトフォード=アポン=エイヴォンに生まれた。
父ジョン・シェイクスピアはスニッターフィールド出身の成功した皮手袋商人
-中略-この学校はラテン語文法や文学について集中学習が行われていた。
講義の一環として学生たちはラテン演劇の洗礼を受ける。
実際に演じてみることでラテン語の習熟に役立てるためである
-中略-1582年11月29日、
18歳のシェイクスピアは26歳の女性アン・ハサウェイと結婚した。
-中略-このとき、アンはすでに妊娠3か月だったため、
式次第を急ぐ必要があった模様である。
結婚後、妻のアンは悪妻と化した為、家庭生活は不幸だったと言われている
-中略-1592年ごろまでにシェイクスピアはロンドンへ進出し、
演劇の世界に身を置くようになっていた。
当時は、エリザベス朝演劇の興隆に伴って、
劇場や劇団が次々と設立されている最中であった。
その中で、シェイクスピアは俳優として活動するかたわら
次第に脚本を書くようになる。
-中略-シェイクスピアは国王一座で上演する戯曲の多くを執筆したり、
劇団の株式の共同所有者として経営に関与したりするかたわら、
俳優業も継続して『ハムレット』の先王の幽霊や、
『お気に召すまま』のアダム、
『ヘンリー五世』のコーラスなどを演じたといわれる-中略-
シェイクスピアはアン・ハサウェイを生涯の妻とし、
2人の娘、スザンナとジュディスを残した。
息子のハムネットは1596年に夭折している。-中略-
ペストの流行により劇場が一時閉鎖された時期には詩作にも手を染め、
『ヴィーナスとアドーニス』(1593年)や『ルークリース陵辱』(1594年)などを刊行し、詩人としての天分も開花させた
本作に関連する、これら史実は承知で観ました。
昔「おしゃべり人物伝」というNHKの番組で、
シェイクスピア取り上げられ、ある程度は、もとより把握。
その後、
この劇作家には、不明な点多く、別人説も根強いと、何かで読んだ記憶あり。
特に予習はしませんでしたが、有名なセリフぐらいは既知。
「弱き者、汝の名は女」
「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」
「尼寺へ行け」
エリザベス1世の時代を黄金期とした時代背景は、
「ファイヤーブランド」で予習済。
衛生環境悪く、医療も未発達で、
母子共に健康とは行かない、また育たないケースも多い。
準備はそれくらい。
不明点あるかもしれないけれど、それは復習で補うつもり。
世間の評は確認。
概ね”泣ける、感動”と高評価の一方、
迷子になった観客も散見される。
ちゃんと、「ハムレット」観劇したことは無いが、
まあ、大丈夫だと思う。
《 開演 》
見事なものだと、監督の力量改めて体感しました。
スクリーンで見応え充分。
「ノマドランド」とはまた違った、木漏れ日溢れる景色も乙です。
が、
私の感動は世間程ではありませんでした。
理由は個人的に、ああいう女性苦手だから。(後述)
そもそも、お腹痛める女性と同じくとは行かないかな。
(私と同じ感想を持つ男性もチラホラ)
悪く言えば、
受け容れられ易く、テーマが通俗的とは言えますけどね。
一歩及ばず。の理由かな。
アカデミー総なめの前々作↓のように、哲学的で重い現実を映す訳ではなく。
マジックアワーに荒涼を映す。
それから、いろいろ比較しながら観ちゃいました。
時代も近い、「ファイヤーブランド」とは比較してしまいました。
良し悪しというか、思う処有ります。(後述)
それで気づくのですが、
イギリス映画というより、アイルランド映画ですよね。(後述)
戻ってから確認し、やっぱり!
森の件は、スピでなくケルト由来でしょう。
それでロケ地も気になりましたが、イングランドでした。
アイルランドはもっと荒涼たるか。
ウエールズにほど近い、
森と湖に囲まれた風光明媚なヘレフォードシャーという土地。
ま、北アイルランド出身の原作の意匠は置いて、

基本、史実に忠実と観てました。
記録に無いことは不明のまま、上手に物語紡ぐ。
しかし、
「ハムレット」創作の秘話というのは、言い過ぎで、
その生涯と名前から着想を得た原作、の映画化。
くらいのものです。
それを、
喪失と浄化の物語に仕上げたのは、
原作者と監督の母性の投影。
子を思う母の気持ちに時代の別は無いとは言え、
医療も高度な現代の解釈だとも感じました。
それから、劇中劇という点では、
「国宝」「木挽町」と比較してしまいました。
舞台では、もっと仰々しく、古典らしく芝居掛かって欲しかった。
うーん、
復讐劇を主人公アニエスの葛藤に投影するのは、ちょっと強引かも。
まあ、演劇セラピーの説得力は同意です。(後述)
それでは、もうちょっと詳細に、改めて。
1.「ファイヤーブランド」と比較
1.1.自然光と撮影 「木挽町」も
1.2.英国式発音 BBCのシェイクスピア劇、或いは「プロスペローの本」
2.アイルランド映画?
2.1.ケルト文化 妖精の森 アメニズムとキリスト教
2.2.俳優、お前もか
3.自分機嫌は自分で
3.1.お釈迦様とケシの実
3.2.距離を置くべき人のリアル
4.喪失と浄化の物語
4.1.グリーフケアと再生の旅
4.2.セラピーと客観視
5.史実といくつか
5.1.既知は雑でも、私は構わないが
5.2.アン・ハサウェイの実像は不明だからこそ
5.3.アムレートとハムネットは偶然か
ネタバレ気にしません。
1.「ファイヤーブランド」と比較
おこがましい事言いますが、
時代考証に衣装、美術は、素晴らしくて当然として、
特に嬉しかったのは照明。
違和感を感じたのは、セリフというより発音でした。
1.1.自然光と撮影 「木挽町」も
「ファイヤーブランド」は照明が暗い。
「木挽町」はロウソクの炎が全力でゆらめく。
エジソン以前ですから、夜は暗い。
しかし、そのままでは、折角の衣装も美術もよく判らない。
照明なき説得力を与えつつ、美しい映像を魅せたい。
本作はアカデミー賞狙ってますから、
良い機材を調達する予算も潤沢でしょう。
特に室内、充分に自然光を感じさせながら、美術も堪能出来ます。
撮影賞は上げたいなぁ。
1.2.英国式発音 BBCのシェイクスピア劇、或いは「プロスペローの本」
ジュード・ロウを並べると分かり易い。
ロンドン生まれで、シェークスピアも得意な俳優。
それにひきかえ、本作は、
微妙にイギリスっぽくない。なんか違う。
お前に英語の何が分かるんだと問われたら、返す言葉は無いけれど、
bookをブックと習ったけど、ボークと綴りが聞こえるような。
本作は、そんな英国式発音を感じない。
昔NHKでは、BBC制作のシェークスピア劇を毎週流して、
私は恋愛ものもコメディも興味無かったが、史劇には惹かれた。
とりわけ、悪の華。
劣等感と野心を爆発させる「リチャード三世」に心奪われた。
今は、ローレンス・オリヴィエ版↑を確認。
そう、このセリフの響きこそシェークスピアと記憶している。
ああ、映画館では、「プロスペローの本」を観た。
映像が変態過ぎて、そちらにばかり目を奪われてしまうが、
セリフは確かにシュエイクスピア。英国人の映画。
本作、
そうは全く聞こえない。
とりわけ主役の二人がなんか違う。ユニバーサル配給のアメリカ映画だからかな。
いや、もっと言うと、どこかアングロ・サクソンぽっくないし。。
2.アイルランド映画?
原作者を確認したのは鑑賞後。
Wikipediaによると、
1972年に北アイルランドのコールレインにてアイルランド人の両親の間に生まれた。
-中略-
子ども時代は夏をダブリン、ゴールウェイ、ドネゴールで過ごした。
オファーレルはいとこ同様アイルランド訛りでしゃべれればよかったと思い、
イギリスではアイルランド人、
アイルランドではイギリス人のように感じた述べている。
-中略-
ウィリアム・シェイクスピアの家族の生活にヒントを得た小説『ハムネット』は2020年に刊行されており、
本作はシェイクスピアとアグネスの息子で11歳の時に亡くなったハムネットと芝居『ハムレット』の執筆を結びつけるものである。
本作は2023年4月にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーにより舞台に翻案され、
ストラトフォード=アポン=エイヴォンに新しくオープンしたスワンシアターで初演された。
2023年9月にはロンドンのギャリックシアターに引っ越して上演された。
2023年からオファーレルはクロエ・ジャオ監督とともに本作を映画にするための脚本に取り組んだ。
ああ、やっぱりね。
2.1.ケルト文化 妖精の森 アメニズムとキリスト教
「フリーレン」のような中世全開の本作。
冒頭から、
森に妖精がアイルランドで、本作もその雰囲気を醸す。
鑑賞中も、その意図を感じていた。
しかしケルト文化とアングロ・サクソンの国は別で、
史実にしては違和感。
単に、オルフェウスを引用して、
鬱蒼とした森と黄泉の国をリンクさせただけとは思えない。
”キリスト教は信じないが、、” というセリフは、
聖パトリック以前のアメニズムだよなぁと、観ていて、どうやら正解。
単にスピで片付けるもんじゃなく、文化的背景がある。
だから何だと、言われてしまいそう。
作品のテーマ死生観が、最後の審判くらう一神教的じゃない。
魂は自然に還る。
日本人には、むしろ馴染み深い。
逆に意識されないが、欧米では、特異なことだと思うよ。
それは史実関係無く、原作からの主張。
万物流転に近く、監督がアジアの血を引くこともあるかな。
兎に角、
シェークスピアが題材なのに、
非キリスト教的由来のテーマは狙った意匠と観ました。
ま、
「果てスカ」の戦後教育丸出しの薄っぺらい反戦は、
”教養”とは呼ばない。文学的素養を感じさせない。
また、そんなことも頭掠めてしまった。
やるなら真面目に取り組めと、
ちょっと怒ってる、私はやはり。
2.2.俳優、お前もか
その上、やっぱりアングロ・サクソンっぽくない。
パツキンに染めてもな。
ジェシー・バックリー
ジェシー・バックリー(Jessie Buckley, 1989年12月28日 – )は、アイルランドの女優。
キラーニー出身。2008年、BBCのオーディション番組に出演したのをきっかけに芸能界入り、
アイルランドやロンドンを中心に舞台に立つ。
ポール・メスカル(Paul Mescal, 1996年2月2日 – )は、
アイルランドの俳優。髪は茶色、瞳は青色。
メイヌース出身。
俳優として活動する前はアイルランドの国民的スポーツである
ゲーリックフットボールのチームに所属する選手で優秀なディフェンダーであった。
トリニティ・カレッジ・ダブリン傘下のリール・アカデミー(英語版)で演技を学ぶ
そうだと思ったよ。アップにセリフで。
原作有りきで、このキャステイングでしょ。
どこか、英国式セイクスピアを感じさせない。
人物が皆、直情的なのも、微妙にブリカス味が薄い。
魂が森に還元されるのは、キリスト教圏の文化伝統じゃないもんな。
教義に反する。
重要なことだから、配役にもこだわった。
単に演技が優れているからだけじゃない。
きっと、テーマの説得力が一味違うのだと思う。
3.自分機嫌は自分で
結婚した方が面倒くさいこと増えると想いますよ。
まず機嫌取らなダメですから。
劇中のヒロインと結婚する気には成らん。
感情移入出来ないから、迷子になるのは当然と思う。
原則は、
あれは、ほとんど境界性パーソナリティ障害。
人格が幼稚と甘やかしても、自分が疲弊するだけ。
可能なら距離を置きたい。母親は選べないけど。
難産から、幼少期の息子との死別と、
同情してしまう要素大きいのだけど、情に流されず距離を置くべき存在。
3.1.お釈迦様とケシの実
鑑賞中、何度も思い出してしまった。諸行無常。
死生観が相容れない。
この時代、どの家でも似たりよたっりじゃないかな。
通俗的だなぁと。映像の格調高さに比べ。
結果、そこまで感動は出来ない。
無理にドラマ作ろうとして、森の設定壊してる。とまで感じた。
3.2.距離を置くべき人のリアル
逆に、リアリティは凄く。それがまた辛い。
ロンドンに出稼ぎに出ざるを得ず。
距離が取れたのは、正解だったんじゃないかな。
夫は、
富と名声を手にしても質素な暮らし、
引退後はストラットフォードで一緒に。
莫大な遺産も残す。
これ以上は、考え難いトゥルーエンド。
史実のアン・ハサウェイは尚更、どんな人格か不明だけど。
そんな人格に描かなくてもと、逆に同情してしまった。
ああいう厄介な人は実際に居るだけに、
現代の価値観や視点を持ち込んでいるのだから、
病気には、素人の寄り添いよりも、専門家による治療を。
無闇に関わらない方が無難。
毎度、そう思ってしまう。
4.喪失と浄化の物語
まあ、辛い人格を描くだけに、演劇で救われるラストは本当に救いで、
一旦、喪失からの浄化の物語として体感出来た。
4.1.グリーフケアと再生の旅
受容出来るようになるまで、時間は必要で、
今作ではあまり描かれないが、
本当は、浄化されるまでの内面の旅が起こる。
プロセスが雑という批判はごもっとも。
まあ、しかし、
あのキュラ造形だと、そんな繊細な物語は無理かな。
荒々しい主人公の性格のまま、クライマックスで急展。
それはそれで、アリだとは思うけど、
急に”泣ける”は、私にはキツイ。
4.2.セラピーと客観視
実は、演劇セラピーのように、
一旦、自分の外側の物語に仮託することで、自分を客観視。
劇中、夫の舞台を観て、そんな効果。
脚本でも、そういう機能があるらしい。
本作は、ちょっと強引かなぁ。
原作の問題だと思うのだけど、粗いか。
名前と、死後の世界というだけで、
親子の問題にヒロインが葛藤抱えるのは、取って付け。
悲劇の方は、救済や浄化は描かれない。
作り手に100%の同意は出来ず、深い感動には至らず。
内省的な人物造形だったらと、むしろ空想してしまう。
5.史実といくつか
例えば、そうだな「木挽町」なら、
仇討ちの物語だから、忠臣蔵。
吉良邸討ち入りと、日本人なら説明無くても分かる。
(分からなくても支障は無いが)
シュエイクスピアの生涯や作品について、欧米にとってそんな常識のはず。
5.1.既知は雑でも、私は構わないが
史実で確定な事だけ描いて、それ以外は端折る。
それは粗くても構わないと観てて思った。
この題材と知って、映画館で迷子は自業自得。
本作の中盤のテンポに、私は肯定的。
序盤のスローはやや退屈。
肝心の森とアメニズムが、終盤に活きて来ない。
5.2.アン・ハサウェイの実像は不明だからこそ
殆どのイメージは後世、勝手に付けたもので、
記録に乏しい。
だから、あんな人格にしなくていいと思う。
息子の死にショックを受けつつも、夫は出稼ぎ。
不安だけど、気丈に振る舞う。
それでも、ふとした瞬間に悲しみが襲う。
それだけでよくないか?
5.3.アムレートとハムネットは偶然か
アムレート王と亡き息子の名前は似ている。
脚本家は先王の亡霊役で、死者と生者の物語。
これが偶然かどうか。
関連性を指摘する研究もあるらしいけど。。
息子は成仏出来てないのでしょうか。
生きてる側の一方的執着に見えて、”見立て”があんまり上手くない。
ドクター三宅の、”毒親と脱獄もの”の様にハマって無い。
あの悲劇を観て、浄化されますかね?
ハムレットの行動の愚かさを悟り、
取り憑かれていた妄執に気付き、
反面教師的に生き方を改めるのなら、納得感ある着地だったと思う。
そこは、自然に還る魂との対比で、
母が恨みを募らせるドラマが、(例えば、死が誰かの策略と絡むとか)
もう一つ必要かなぁ。。。
釈然としないまま感動は無理ですが、
トータルの出来栄えは流石だし、映像は申し分ない。
が、
内省的な人物造形と、
妖精の森と対比させるドラマ、
それが有れば高評価。素直に感動出来たかも。
観て損は無いと想いますが、
予習せずの迷子は自己責任で。
きっと夜が明ける。を自然豊かに描くなら、
このくらい抑制利かせた方が、心に響くかなぁ。
2026.04.15 21:00 現在
バンドウォーク継続、58500のラインで攻防中。
戦局はどう転ぶか分かりませんが、市場は楽観し始めたようです。
怖いので、売り玉のつなぎしか打てません。
