「薔薇の葬列」はタイミングを逃したが、
続けて上映される、70’前衛映画は鑑賞しよう。
どうかしてる作品を、
2本立て続けは脳が保ちそうにないので、有名でない方を先に選ぶ。
⋱チケット販売中!⋰
日本映画再発見伝 #松本俊夫 -革新的表現の世界-【2本目割/35mm】
🗓️5/5(火・祝)・7(木)・8(金)・11(月)・12(火)
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●『修羅』
出演: 中村賀津雄、三条泰子●『ドグラ・マグラ』
出演: 桂枝雀、松田洋治
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予習せず臨み。それは後悔する事に。
《 開演 》
前衛実験映画ではなく、
完成度高い、ちゃんとした、古典の映画化だった。
役者陣の確かな腕前は元より、(後述)
美術全般。セット、衣装、メイク、小道具、特殊効果。全て隙がない。
何と言っても、エッジの効いた撮影が凄い。
機材も高価だったと想像された。
安価でも、それなりに高機能な令和とは時代が違う。
明暗コントラスト強い照明は、極限に神経行き届いていた。
舞台再現に拘った演出に、敢えて天井斜め上からの角度など、
活動写真風な装いに、冴えわたるモノクローム。(後述)
と、
素材も料理も素晴らしい。しかし、
この出来栄えに、作品が無名過ぎる。
質と名声が不釣り合い故、
観ておいて良かったと、尚更の満足はある一方で、
ターゲティングの間違い、興行的失敗も想像された。(後述)
脚本はやや不親切で、それも問題だったかもしれない。
恐らく、
文化文政の歌舞伎演目に詳しく、
アート映画に関心の強い層など居まい。
原作のあらすじ程度は把握しておけばと、
私は鑑賞中悔やんだ。
うーん。
この作劇で、
テロップ入れるのだから、語りは丁寧に遣りたい。
其の上で、
筋を省きつつ、手際よく簡潔に語れたとは思う。(後述)
不満点を挙げれば、
不親切で迷子になり易く、
若干の間延びに、
しつこ過ぎる演出も、
退屈を覚える観客居ても、致し方なし。
そんなこんなを以下。細かめに刻みます。
0.鶴屋南北の原作理解は必須
0.1.忠臣蔵スピンオフ「盟三五大切」
0.2.勧善懲悪にしない戯作
1.映像表現
1.1.照明 強く白く、闇は深く
1.2.陰惨な血
1.3.尖ったアングルの舞台劇
2.時代の再現
2.1.役者陣
2.2.セリフ
2.3.美術
3.クオリティに比例せず興行に失敗
4.オシャレかつテロップ入り
4.0.下手な説明セリフは見習え、割り切れ
4.1.適切なテロップだったか
5.原作改変の是非
5.1.不親切設計
5.2.ラストの思想性
ネタバレ全開です。
本作は、
内容承知で、表現を楽しみたい作品。
その上、物語の基礎が古典。
迷子にならず、かつストーリー展開で驚くのは、至難でしょう。
”先が読める”とか、
そういうレベルは、小学生向け探偵小説で卒業しておきたい。
0.鶴屋南北の原作理解は必須
冒頭のプレゼンは、やや不親切な設計。
設定の説明は省略ぎみで、作劇のスタイルの提示のみ。
作ってる方は、古今東西演劇に詳しいでしょうけど、
どういう観客を想定してるのだか、
迷子になって当然とも思う。
0.1.忠臣蔵スピンオフ「盟三五大切」
私は辛うじて、芝居の方の固有名詞が分かったので、
大星由良之助→大石内蔵助
塩冶→赤穂
高野屋敷→吉良邸
忠臣蔵関連の物語だと。
どうやら、
主人公は四十七士に加わりたいが、
認められない浪人。
過去の不祥事が原因らしいが、
許してもらうには、百両の弁済が必要。
しかし、
主人公の浪人はクズで、芸者に骨抜き、
家宝も売り払うほど、生活にも窮するが、
下男は討ち入り参加を望み、弁済の為のカネを用立てる。
そこまでは、鑑賞中に理解。
ただし、
鶴屋南北↑の歌舞伎の演目だとは知らない。
原作「盟三五大切」の存在は知らない。
迷子にならずに済んだけれど、予習が望ましかった。
原作は”教養”で、既知は前提かもしれない。
以下は復習。
四代目鶴屋南北による歌舞伎狂言。
文政8年9月(1825年10月)に江戸の中村座で初演。
歌舞伎の演目としては世話物に分類される。
江戸時代における上演について詳細は不明だが、
昭和51年(1976年)に国立劇場において、
郡司正勝の補綴、演出によって復活上演されて以来、
現在でもしばしば上演されている。
歌舞伎作品の中でも、
当時(大まかな時代として江戸時代)の出来事を扱う世話物である
この作品は、『東海道四谷怪談』の後日譚、
並木五瓶の『五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)』の書き換え、
『仮名手本忠臣蔵』の外伝としての性格を持つ物語が展開される。
『忠臣蔵』で有名な不破数右衛門が薩摩源五兵衛に身をやつし
金策をする中、逆に三五郎(実は徳右衛門倅千太郎)に
百両を騙し取られ、凄惨な殺人鬼と化してしまう。
そのような源五兵衛が元の数右衛門に戻って、晴れて討ち入りする結末に、
南北の武士社会への皮肉が表現されているとされる。
本作が作られた事情は、「四谷怪談」が大当たりのさなかに
主演の三代目尾上菊五郎が太宰府参詣のため中村座を退座してしまい、
困った関係者が作者南北に急きょ作成させたことにある。
小規模な作品だが綿密な構成、凄惨な殺し場に満ち、
しかも喜劇の要素も絡ませるなど南北の作劇術の才能が溢れた作品で、
「四谷怪談」とともに評価が高い。
主人公 不破数右衛門 忠臣蔵でも準主役級で、
赤穂浪士の名前で挙がるのは、
大石親子と、せいぜい剣豪の堀部安兵衛くらいでも、
中村嘉葎雄が演じる不破数右衛門は、次いで有名で、
実在の人物。
主君・浅野長矩の勘気を受けて藩を追われ浪人した。
これは正種が家僕を斬ったのが原因のようで、
那波屋記録には「元禄10年8月18日不破数右衛門が家僕を斬って閉門を仰せ付けられ、11月晦日閉門御免」とある
-中略-
正種は義盟への参加を懇願。
吉田兼亮のとりなしで正種の長矩の墓への墓参がかない、
帰参した家臣として義盟への参加を許された。
その後、松井仁太夫と変名して他の同志とともに江戸に潜伏した。
-中略-
討ち入りでは一党中もっともめざましい働きをしと伝えられる。
-中略-
江戸幕府の命により松平家家臣の荒川十太夫の介錯で切腹。
享年34。主君浅野長矩とおなじ高輪泉岳寺に葬られた
藩を追われた身で浪士と認められた唯一の人物。
芝居では、
荒くれ者で思慮には浅く、脳筋だが憎めない。
「三国志演義」張飛のようなキャラ設定らしい。
また、残虐な役に脚色されることも多い。
江戸の見物じゃないんだから、判るはず無いと思うが、
知らなくて構わない前提の作劇なのか、
ターゲット層は分からない。
0.2.勧善懲悪にしない戯作
原作の芝居においては、
「四谷怪談」大ヒットの売れっ子作家でも、
陰惨かつスターが映えず、文政年間の初演は不人気で打ち切り。
長らく日の目を見ず。
封建社会のメンツにカネの亡者の人間ドラマを、
風刺交えて描く意匠は、
近代以降でないとウケなかった。
大衆娯楽の時代劇として、不人気は歴史が証明し、
前衛芸術家の作では、尚更敬遠されてしまう。
逆に、
完成度高い古典では、
ATGの観客に訴求しないと思われる。
本作も、やはりウケなかった。
天才戯作者は、士農工商の時代に、
名誉と貧富の中に生きる人間をシニカルに捉える。
昭和の鬼才は、それに呼応し企画したと思われる。
大義を失い内ゲバに走る左翼運動に、物語を重ねたらしいが、
この映画で、そんなこと分からない。
江戸時代の脚本のテーマはまだ理解するが、
70年代の世相に重ねるのは、令和の目では無理。
どんなにハイクオリティでも。
本作は、
内容あらかた承知の上で、映像に唸る作品。
経緯を知った上、背景込みで、
これはこれで乙。
と趣向を愛でる。
そんな態度で臨みたかった。
1.映像表現
敢えてのモノクロで、活動写真のような佇まい。
なのに尖った表現であることはビシビシと伝わる。
多分、難しい理論があるのだろうなぁ。
私が観て分かる範囲で、紐解いてみたい。
1.1.照明 強く白く、闇は深く
白塗りではないと思うのですが、
中村嘉葎雄の顔は青白く、のっぺり。
表情は、くっきり。
カメラのアングルは鋭利なのに、照明は正面から強い。
コントラスト強く、硬い光。
横向きでも、顔の正面から当てる。
前回鑑賞した「嵐が丘」の人物の表情に当てる照明も、
陰陽の色濃いものでしたが、
あちらは自然光の室内を、こちは舞台劇ということも有り、
敢えて、平坦に当てている。
それが、陰惨なシーンをどぎつく際立たせているのだなあと、
専門的な事は分からないのですが、
意図は感じました。
1.2.陰惨な血
地獄絵図を描く為の血は、世相を反映ということでしょうか。
「八つ墓村」の山崎努が77年ですから、
世を恨みつつの自暴自棄は、本作が先ですね。
どちらも衝撃的な表現ですが、
本作ほど、血のリアルな表現に拘った作品を、私は知りません。
血飛沫が飛ぶという、記号的表現じゃないんだよなぁ。
白黒の画面にゆっくりと面や線を引く。
チャンバラは演らない、ただ凄惨な憎悪を描く。
凄いけど。
テーマに救いが無いから、
「八つ墓村」のようなヒットには至らないか。
1.3.尖ったアングルの舞台劇
観客に、舞台劇であること知らせるような造り。
なるほどと、様式美を愛でてましたが、
天井斜め上からのショットに驚きました。
セットの構造も含め、凄惨な現場を俯瞰で見せ、
観客に全容を知らしめる。
メタ構造入れようとか、そんな意図は無く。
全体像が分かるよう、観客の視線を移動。
3幕6場の舞台劇で、場面は限られるけれど逆に、
映像の見せ方は種類豊富でした。
インパクトは絶大。敢えてのモノクロの凄み。
”美”に拘る監督は数多ですが、
視覚効果そのものを追求しているように思われました。
観客は疲れますけれど、
2.時代の再現
着物の着こなし一つでも、どこか説得力が違う。
71年なら、
時代劇にも、現代的な匂いがするはずと思っていたら、
尖った映像以外は、もっと古い映画みたいでした。
2.1.役者陣
・中村嘉葎雄
必殺シリーズの壮絶なラストが印象深いのですが、

刀の扱い、所作が現代では観られない自然さ。
二本差して、すっくと立つだけで全然違う。
・唐十郎
アングラの人、大鶴義丹の父。
劇作家のイメージなのですが、
若い頃はキリッとして、セリフのきれいな役者さん。
町人は武士と身分も言葉遣いも違う。
しかし、卑屈なだけじゃキャラが立たない。
匙加減が何とも絶妙で、人物が浮かび上がる芝居。
・三条泰子
三味線弾いて、長唄口ずさむ芸者姿。
現代の女優さんの芸者役では、
もう無理じゃないかと思ってしまった。
2.2.セリフ
「七人の侍」など、昔の時代劇でも、
言葉遣いには違和感を覚えた。
もちろん、
観客に内容が伝わらなければ、時代考証が正確でも意味失う。
それでも、
武士は武士らしく、貴族は貴族らしく。現代の言葉だと世界観に入れない。
本作は、現代の言葉も散りばめられて、
難なく聞いて分かるのに、
元禄の世界に引き込まれ、
武士は武士、町人は町人と判別出来る。
セリフが違和感無く、邪魔にならない。
映像にばかり、文字通り目が行ってしまうが、
71年の時代劇で、これは何気に凄いことだ。
と鑑賞中、安心してしまった。
2.3.美術
キセルを吸うシーンで、唐十郎の所作に驚いてしまった。
こんな本物は初めて観た。と思ってしまった。
吸う真似くらいの記憶しかなくて、
長屋の造りの生活感も嘘だと思えない。
再現一つ一つが正確だと思える。正解を知らないのに。
低予算と思える処が一つも無い。
ロケ中心の現代劇なら、ATGは安上がりと言えますが、
本作に限っては、細部にまで正確で、そんなことは無いはず。
3.クオリティに比例せず興行に失敗
それだけに、客入り振るわずは痛い。
配給がATGとは言え、低予算とは到底思えず、
やはり、不入りは監督にとっても、相当痛かったらしい。
1971年公開で、
アート映画を好む若者に、
鶴屋南北の古典をしっかり撮っても、響くまい。
如何に才能溢れる映像と言えども、、
時代劇としては、チャンバラの見せ場無く、カタルシス皆無。
原作からして、勧善懲悪の要素見当たらず、悪人しか出てこない。
品質に拘りまくったアート作品
✕
鶴屋南北の庶民向け時代劇
喰い合わせが悪い。
この映画の満足を味わいたい観客は何処に居る。
ATGにしては、時代劇として本格的過ぎた。
時代劇でも敢えて、現代の風味プラス↑。
ビジネスとしては前作のような、前衛映画が正解だったと思われ。
「国宝」ほどの艶やかさは無い為、娯楽作として客を呼べない。
所作の説得力は段違いでも、
陰惨に容赦なく、酷い殺人を描くばかり。
隙の無いクオリティだけに、本作なおさら悔しい。
4.オシャレかつテロップ入り
こんなにオシャレな映像なのに、
幕の変わり目では、ト書きが入る。場所が分かる。
4.0.下手な説明セリフは見習え、割り切れ
前回観た、「嵐が丘」でも思ったんですけどね。
無理にセリフで処理せず、
最初にテロップ入れて説明しちゃえばいいのに。
本作は、活動写真の雰囲気を残す、狙いだと思うのですけど、
上手くないなら、尚の事。
テロップやナレーションで処理しちゃえよ。
無理して却って品質落としている。
そう感じることも、しばしば。
4.1.適切なテロップだったか
本作は、
どうせ入れるなら、
もっとチャント説明すれば良いのに。
勿体なく思いました。
「四谷怪談」ほど有名ではないのだから、
設定は説明してしまった方が良いよ。
70年代の若者に、古典芸能の造詣は無理。
松本監督は、作品の追求ばかりで、
観客に対する理解度が低い。
説明したとて、品質は落ちない。
「スターウォーズ」続編の冒頭を見習うことは無いけれど、
もうちょっと、テロップ頑張ろうよ。
5.原作改変の是非
映画は2時間の制約有り。
その為に削ったのは当然として、
原作改変して欲しい処も有った。
5.1.不親切設計
長屋の家主であり、ヒロイン小万の兄である弥助。
彼のエピソードは尺の都合削られて、
主人公の失態は、藩の百両を盗まれた事で、
実は、犯人は弥助。
この設定も描かれず。
残して、冒頭観客に伝えておきたかった。
何より、
不破数右衛門の事情は、ちゃんと描きたい。
セリフで処理されて、ついてゆくのは、若干辛い。
現代人はそこまで忠臣蔵に詳しくない。
セットアップは充実させておきたい。
逆に、
ナレーションやテロップで処理出来る箇所は、
途中、端折って、
もっとテンポ良く進めて、構わない。
それから、
原作由来で、強引過ぎる設定と感じた点。
都合よく図面が見つかる事と、
百両で勘当許す父親。
どちらも削除して、
唐十郎が、
不破数右衛門の仇討ち参加を切望していて、
百両を必要とした。
などに出来ないかな。
今は町人の身でも、元は家来の家系で、
お家の名誉回復を三五自身が望んでいる。とか、
理由見つけて、なんとか。
その方が、物語の完成度は高いと思われた。
5.2.ラストの思想性
ラストは、原作通り、
中村嘉葎雄が討ち入りに加わる。
で、良かったんじゃないのかな。無為に生き残るラストよりも。
無駄に殺しても、メンツだけは守った。
と、冷ややかに社会を眺める姿勢の方が優ると思えた。
松本俊夫は、
80年代は、映像の教授に就任するのだし。
皆、収まるべき処に収まる。本懐を遂げる。
過激な学生さんも、髪を切って就職。
だったら、
あの運動の最中の粛清は、何だったんたんだろう?
佇むよりも、その方が、
なぞらえとしても、優秀に思えた。
本作は、総括が甘いかな。
あの完成度の映像は、可能ならスクリーンで鑑賞したい。
無名のまま、埋もれるには惜しい。
ガラス玉のような目は怖い。
多才で完成度高い。
2026.05.10 現在
月曜日は凄いところで寄りそう。
市場は戦争は終わったと観てる。
