吉田監督は脚本家としても手練れで安心。(後述)
しかし、
この題材で、監修がクレジットされず気掛かり。
現場で奮戦する友人が、主な情報源と知る。
なるほど、
極力フィクションとして処理したい理由も有ろう。
当然ながら、吉田恵輔だもの、
観念的な社会批判には着地しない。はずで期待高まる。
それに折角の社会派。
問題意識持つなら、先の有る人のこと優先されたし。
どうせ当事者でも専門家でもないのなら。
教育という既得権にも疑問の視点で、かつ、
自己満足的なヒューマニズムも否定してくるだろう。
本作の公開を五月ごろ知って、観ようと決めていた。
贖罪がテーマは続くのかな、
毎度グロく、露悪的でも、今回はタッチが明るい。
前作は未見。
辛すぎて耐えられないかも、優先順位を下げてしまった。
初日の世間の評も上々で、
コレは鉄板だろうと、二重丸。
リアルを感じさせる造りと信じた。
親御さんが身元引受けを拒否するような事例で、
NPO的な民間施設を舞台に、
社会不適合な未成年に、取り組む大人。
子役の上阪隼人はじめ、キャスティングは万全だろうし。
しかし題材に、懸念が、
対立軸が、躾けvs対話 では不成立。
児童精神科的な専門を置かないのは危うい。
”人は変われる”=更生 を、
矯正vs治療 の対立軸で、
しかも”寄り添い”は無力。
を描くなら、納得だけど。。
気になって、若干の予習。
0.社会不適合と少年犯罪
0.1.「反省させると犯罪者になります」
0.2.「ケーキの切れない非行少年たち」
0.3.鑑別所で鑑定は?
※ネタバレ関係無し。
0.社会不適合と少年犯罪
私も社会に属する端くれとして、気にはしている。
現在信じられているアプローチが逆効果で、
社会不適合者への無理解が、事態をより深刻化させそう。
最低限、鑑別所で専門家の診断は受けたい。
0.1.「反省させると犯罪者になります」
体罰の肯定であれ、人道重視であれ、
そもそも、
矯正、更生で捉えること、それ自体無理ゲーで、
躾けvs対話 の対立軸は不毛。

体罰を伴う矯正は行動を抑止出来るけれども、対処療法。
では、人道的、対話重視は、
問題解決に有効なアプローチかと言うと、甚だ疑問。
学校などで問題行動が起きた場合、
一般的に周囲の教師や親が納得するために、
生徒や学生たちが反省している証が求められます。
そこで反省文を書かせても、
問題を悪化させるだけになることは繰り返し述べてきました。
「自分の思っていることを自由に書きなさい」と言っても、
彼らは「反省しています」といった文章を書くことになるでしょう。
彼らは「反省すること」に慣れているのです。
無理解が対話で、解決することも皆無でしょう。
「被害者の視点を取り入れた教育」、
すなわち被害者の心情を理解させ反省させる教育は、
逆に受刑者の感情を抑圧させる方法になっていると私は考えています。
公男のケースでみたように、
被害者に対する不満を持っている受刑者は少なくありません。
そして被害者だけでなく、親や教師、友だちや仲間に対しても、
受刑者は心のなかに否定的感情を抱え込んでいることがあります。
否定的感情を奥底に抱いている受刑者に対して、
被害者の苦しい思いを考えさせることから始めることには無理があります。
では、寄り添えば、好転するのか?
0.2.「ケーキの切れない非行少年たち」
最初に連想したのは、芸人さんの逸話。
@ujitoueda #ブチギレ氏原 #怪物くん上田 #うじとうえだ @ブチギレ氏原 ♬ オリジナル楽曲 – うじとうえだ
必要なのは、
原因究明を伴う診断と、
診断に基づく、適切な治療。
スルーなら、観る価値ないだろう。
社会不適合者に無理解なまま寄り添っても、
自分にも相手にも有害で、疲弊するだけ。
反面的に、
お花畑的”いい話”は一番危険で、
社会崩壊を目論む秘密結社の仕業かと、邪推してしまう。
寛解する保証は無くとも、有効な対応と、それ以外は別けたい。
未成年に限らず、
先天的問題を抱えてる。
または、
環境も影響し、後年、発症してしまう。
寄り添う前に、正しい理解が先。絶対に先。
私も、発達障害と分かる人物と会話した経験は有る。
(私自身が、そうでないとは保証しない)
会話はムリ。
例えば、
自己紹介のパートで、10分以上演説してしまう。
そんなことする理由を問い詰めると、
”皆LINEで彼の経歴を知っているから”と場当たり的なウソをつく。
現に、私は彼の事は知らないし、
彼は事前に、自身のLINE発信が既知か、確認も取ってない。
過去にも、発達障害を指摘された経験があるという。
私には、
詳しい分類は出来ないが、
専門家の診断を受けた方が、人生いき易いと見えた。
怪しいサークルで、正論は通じない場所だった。
他にも、多数有るのだけれど、
生命の戦略として、リスク分散は発生確率的で、
社会不適合は生まれる。
発達障害(特にサイコパス的)、境界知能、精神疾患、
後天的にも、依存症や鬱病、統合失調症etcの発症。
境界知能に焦点を当てたものは、当時珍しく。

漫画で事例をひとつ、
社会より少年院の方が、生きやすいと結ぶ。Unlimitedに確認。

家庭環境が絡む、もっと最悪のケースも、Unlimitedに確認。

壊れても、死ねないなら、
主語は自分で勝手に生きねば。仕方が無い。
0.3.鑑別所で鑑定は?
専門家の診断はせめて、受けたらと。。
当事者のドキュメンタリも思い出してしまう。
観念的な”お花畑”の一切排除は、尊い。
一ノ瀬ワタルの役名は、マンモス西が由来と想像するのだけど、
拘置所と刑務所が違うように、
鑑別所は、少年院と別。
その上、
少年法は刑罰でなく、更生を前提としてると、
未成年の死刑判決の文脈で、教わった記憶が有る。
少年鑑別所
鑑別とは、医学、心理学、教育学、社会学などの
専門的知識や技術に基づき、
鑑別対象者について、その非行等に影響を及ぼした
資質上及び環境上問題となる事情を明らかにした上、
その事情の改善に寄与するため、適切な指針を示すことです。
現実にあるある。なんだろうな。
ストーリーは恐らく、
事件を起こし、
診断を受けた上で、
親が身元引受を拒否して、
民間の施設が受け入れ。
更に、
担任の教師は右往左往。教育現場の問題点も浮き彫りに。
そんな本作と想定。
反面、無闇に善意だけ描かれたら辛いなぁ。
ま、吉田監督なら、その心配はあるまい。
《 開演 》
※ストーリーのネタバレは避けます。封切り直後ですし。
分かり易い説明の親切設計かつ、
ストーリー作りは、基本に忠実かつ巧み。
時々笑わせて、深刻だけど明るい仕上がり、
だけど、単純な善意は描かない。安定の吉田ブランド。
心配は杞憂で、
(多分)実録に基づいた社会派でありつつ、
充分、エンタメ映画として成立している。
何より、
一ノ瀬ワタル、夏帆、上坂隼人。三者三様の人物造詣が見事。
なるほど、
四月は、卒業から新生活の季節で、
生きてゆくって、大変。
境界知能や精神疾患、依存症も、それとなく登場。
主人公の少年は、予告編どおり、
先天的なサイコパスで、発達障害か何か、だと思われる。
そこに、家庭環境の悪さプラス。
”更生”の対立軸を 躾けvs対話 という単純で片付けず、
責任を整理出来ない相変わらずな学校を描写。
しかも、
グロ過ぎず、丁度良い演出で、
音楽も主張しすぎない。(無くても良いかな)
撮影は、映画で観るに充分美しく。
朝倉未来を思い出す豊橋に、蒲郡のフィルム・コミッションが、
存分に機能している。
吉田監督のファンはもちろん、この題材に興味惹かれるなら誰でも、
劇場で観て損は無い。安心してお奨め。
観客を迷子にすることもなく、
お花畑的、有害な善意とも一線を画す。
にも関わらず、
明るい気持ちで、エンドロール眺められます。
今回は、
ストーリー直接から離れて、3者からの連想を語りたい。
1.夏帆の空回り 自分で整理しないと潰れる
1.1.理解は命懸け 「こころの処方箋」
1.2.「ブラックジャック」話し合い
2.サイコパス少年の原始 学習は、経験値と良きガイド
2.1.フィクションの作劇作法
2.2.阿刀田高の補助線 「飼育」解説
3.マンモス西の更生
3.1.認知のアップデート
3.2.ショック療法
※ネタバレしません。
1.夏帆の空回り 自分で整理しないと潰れる
イメージどおりのキャスティング。
苛立ちを表現するに、セリフを足したとのこと。
認知と理解が低いまま、行動と根性で打開を目指す人物で、
若い善意の教師としては、典型なんだろうな。
ここで、頑張っては、いかんよ。
いずれ、桜の季節を校舎で迎えられまい。
と予感させる造詣。
自己保身の人材で構成される組織は、金属疲労の証。
さっさとリモート中心で削減すればいいのに、
犯罪は警察の仕事と割り切りなよ、対応する能力も無いし、
教育は権利で、放棄も自由と”邪魔するなら出ていけ”と言え。
こういう描写見るたびに、毎度思うのだけど、
金八先生気取っても、無限責任はムリだよ。
努力する方向も、領域も間違っている。
誰も助けてくれないから、
自分で有限責任の範囲を決めるしかないね。
まずは、転勤か退職を勧める。
このままだと潰れるよ、
健全な退職ならハッピーエンドだけど、
精神が壊れるよ。辞めないと。
既に腐食した組織の中で、正常の人の外の相手。
その認知が欠如して、
問題を正しく認識出来ない。
相談すべき相手は居ない。無駄に真面目で同情を誘う。
劇中は、卒業生とのエピソードを語るが、
別に、記憶を共有する義理も無く、
他者は他者で、思い出も自分の所有物ではない。
そういう仕分けの出来ない人。
生半可な覚悟で、がむしゃらな努力はリスキーだなぁ。
1.1.理解は命懸け 「こころの処方箋」
何より無理解の自覚がなさすぎ、逆ソクラテス。
そういえば、理解は命懸けの覚悟だった。

殺されかける精神医のエピソードが載る↑。前出の漫画同様。
私は、他人を真に理解するということは、
命がけの仕事であると思っている。
このことを認識せずに、「人間理解が大切だ」などと言っている人は、
話が甘すぎるようである。
命懸けの領域にそろそろ足突っ込んでると、自覚しないと。
周りは他人事だと割り切っている。
今のように仕事続けるなら、
覚悟が必要で、しかも、
教員の本来の仕事でもない。
1.2.「ブラックジャック」話し合い
対話と言えば、思い出す。
「ブラックジャック」200話 話し合い

チャンピオンクロスで読み直してみた。
覚悟も無いのに、本作の若き教師は真面目なだけ。
やはり、
改めて残念。折角健全に生まれたのに。
せめて、
事態を好転させられる能力は無いと、自覚出来たらいいのに。
傲慢は身を滅ぼすね。
若いんだから、全力で挑んで、当たって砕けても、
精神が保てば、退職してやり直せば構わんけどさ。
我が身を省みてしまった。
2.サイコパス少年の原始 学習は、経験値と良きガイド
前頭前野でしたっけ、脳の働き弱く、
本能に近い処で生きている。
抜擢に応えて素晴らしい。
どういうスペックで生まれようと、
質と量の両方で、ある程度の経験に基づくデータと、
良きガイド。
揃わないと、学習は成らず。
と思い出してしまった。
2.1.フィクションの作劇作法
劇中は、
時間の経過と、ヤる側ヤラれた側が。二重に2つ重なる。
同時に発生させ、これを〆るのは、作劇の作法であるが、
脚本は、対立軸を用意して、
始まりと終わり、原因と結果を物語の基本通りに描く。
途中のエピソードは、経過を表して親切である。
全くもって基本に忠実。

1 オープニング・イメージ(一)
2 テーマの提示(五)
3 セットアップ(一―一〇)
4 きっかけ(一二)
5 悩みのとき(一二―二五)
6 第一ターニング・ポイント(二五)
7 サブプロット(Bストーリー)(三〇)
8 お楽しみ(三〇―五五)
9 ミッド・ポイント(五五)
10 迫り来る悪い奴ら(五五―七五)
11 すべてを失って(七五)
12 心の暗闇(七五―八五)
13 第二ターニング・ポイント(八五)
14 フィナーレ(八五―一一〇)
15 ファイナル・イメージ(一一〇)
ちゃんとオーソドックスで、破綻の無い物語を最初に摂取して、
さらに、技巧にもレベルがあると知り、
それから、変化球の対応を覚える。
学習って、段階があるんだと、改めて気づく。
工程を経てから、漸く、
物語に飽き足らず、大人の鑑賞に耐える作品に背伸び。
脱構築や、抽象的な表現にも出会い、
理解出来ないが感動したり、
逆に、下手くそでも震えることもある。
両方が揃って必要だったな。
順序立てて、理解を掴むことと、
それ相当のインプットの質と量。
原始的な物語レベルを卒業すると、
見境いなく、”オチが弱い”、”先が読める”と言わなくなる。
文学は絵本じゃないんだよ。
劇中の少年の振る舞いで、思い出してしまった。
2.2.阿刀田高の補助線 「飼育」解説
私の良き師は、阿刀田高だったので、
文章に優れて、プロットが鮮やか、
変化球だけでなく、エッセイや解説からも多くを学んだ。
卒業式のような通過儀礼と言えば、「進撃の巨人」だけど、
大江健三郎の「飼育」は、
少年期の終わりと、事態の収束が、交差して幕を閉じる。

これぞ、フィクションの作法で、
ドキュメンタリな筆致と難解さだけではない芸。
と教わり、なるほど。
記憶は朧で、検索してビンゴ。
kindleで読めず、確認出来ないので、

以下の記事によると、
そして、大江の作品の特徴として、
彼の卒論のテーマでもあるサルトルの「実存主義」の影響をあげた。
「実存主義」とは、すべてのものは定義があって存在する。
しかし、人間については定義のないままこの世に放り出され、
自らを定義して生きていかなければならないのだ。
『飼育』が「実存主義」の影響を受けていることは、疑いないという。
実存主義の何たるか知らないが、
生まれてしまったので、自ら規定せねば。
先天的な障害は、お子さんの件もあり、モチーフ多し。
これを先生は
「少年期は終わり、生々しい俗世間が露呈され、つきつけられた」
と表現した。
大人になるということは裏切られるということでもある。
小説の中の僕も、この事件の後に「僕はもう子供ではない」
と考え始めたところで物語は終わる。
読んで理解したと宣言出来る自信は無いが、
なるほど、そういうことかと、納得すること多々。
そうか、分かりにくいものは、今難しいね。
大江健三郎の作品=難解ということで、
彼の小説を買っては途中で挫折を繰り返している人がほとんどであった。
阿刀田先生のお薦めならばと、一念発起して読んだという人もいて、
前評判はあまりよくない。
でも、文章の問題じゃないんだよ。
ノーベル文学賞受賞者。この結果が多くの読者を悩ませる。
「大江の文章を理解出来ない自分は馬鹿なのではないか」と、
以前から感じていた参加者もいた。
関係代名詞的な文章(悪文ともいう)や、
その難解さで大江の文章は理解しにくい。
理解出来れば、鑑賞も出来る。
阿刀田先生の一番のファンであるFさんは、
以前から「大江健三郎が大嫌い」と言っていたが、
『飼育』を読んで書いてあることを理解できたことに
感動したという感想を寄せていた。
それでも、読みやすいは嘘。
大江は難しいと思っていたが、
こんな読みやすい作品もあるのだと多くの参加者にとって、
良い短編小説との出会いだったようだ。
優秀なガイド随行で険しい道程を完走することと、
完全に単独での登頂は別次元。
前者を後者と錯覚させるのは、
宣伝か、認知がバカなのか不明だけど、
芥川賞だけが、突出して平易ということはない。
なら他もさっさと読むよ。
ともかく実態は、補助線の誘導が有って、自力で解けた気分になる。
それで良し。
質と量を伴う一定の経験値と、
ちょっと消化の能力を超えて補助するガイド。
原始のままからの成長って、そういうことだった。
プリミティブからの脱却が可能かどうか知らないが、
学習には必要なプロセスが有り、愛情だけでは、どうにもならない。
因みに、
三島は敬遠するくせに、何故かと。
「仮面の告白」は判り易い、

kindleに無い!
その程度のヘキは、今どきなら普通。
なのに観念的に捏ねるのが苦手。ホントは明快。
が、
大江健三郎は禍々しい。
難解なだけでなく闇が深く感じた。
私の幼年期はまだ、
クワガタ取りに出掛ける森林も残っていたし、
鬱蒼たる森もイメージ出来た。
閑話休題。
壊れていようと、いまいと、
学習には段階があるが、
初手から拗らせて生きねばならないケースも現実に存在する。
私は、
殺しも殺されもせず、生きてることを祝う。
3.マンモス西の更生
そりゃ、そういう名前でしょ。
紹介と解説は、動画に任せる。
他のボクサーとは違い、
紀ちゃんと結婚し、幸せな人生を掴む。
ターニングポイントは、
自分は、リングで死ぬ人生は生きられないと、限界を知るとき。
認知が大きく変わったのは、
身近に極端な人物が居たから。同じには出来ない。
本作の主人公は、
認知のアップデート後、贖罪に生きている。
それだけの、ショックが、何処かで有ったはず。
3.1.認知のアップデート
未知なる世界に触れて、認知は上書きされる。
それ無くして、成長は無い。
吉田監督のインタビュー曰く、
番長クラスは、社会へ旅立つ。立派に卒業。
スネ夫クラスは、鬱屈を抱えて二十歳過ぎても、ヤバイまま。
内側の葛藤より、外側の接触に、大きな衝撃受けて、
変化が訪れる。
変えようとして、変わるもんでもなく。
望んだだけでは、自分は変わらない。根性論では変われない。
テーマの肝でもあるけれど、
本作は、その伝え方が、絶望的に上手い。
3.2.ショック療法
一ノ瀬ワタル演じる主人公の場合、相当な衝撃でなくば変わるまい。
善人、悪人で分けるのは意味が無い。
本人が贖罪に生きると決めたのなら、周りが過去を許すまいが関係無い。
彼もまた、
先天的な疾患抱えているのかも知れない。
ただ無垢な聖人ではない。安い脚本ではない。
何故、他者の痛みが分かる人間に変われたのか?
控えめながら、’中心の謎’(セントラル・クエスチョン)で、物語を動かす。
セントラルクエスチョンが大事なんだ!
と目を覚ましたのでまとめ。
多分昨日、序盤に設定語りすぎちゃう対策考えてたからだと思う。
優先して書く設定はセントラルクエスチョンの解決に必要なものからで、そこに関連が薄いものは読者観客も関心を持ちづらくなる pic.twitter.com/d7q4oyVQUP— DK (@game_sennin) December 31, 2024
”対話で”の薄っぺらさを描くだけなら、誰でも。
じゃあ、何なら人は変わるの、変われるの?
基本に忠実な作劇は、答えを用意している。
認知が変わるほどの大きな衝撃でも、なければね。
本作は、小技も使う。
私は予想外で、舌を巻きました。
エンタメ的配慮も素晴らしく、お奨めです。
ガチャに失敗しても、それでも生きてゆくを、
本作は逃げず描く。
一億年の彼方からラブコール。 不適合は、遺伝子の確率的な必然。
2026.06.28 現在
ボラタリティ激しくも、20MAにはサポートされ。
まだ、押し目と判断。
戦局は駆け引きがあっても、W杯中は休戦。
日銀介入は実際の動きが有ってこそ。
