ハム・オン・ライ
クリスマス・イブ・イン・ミラーズ・ポイント
Bunkamuraでもなければ、掛からないような特集。
睡魔に襲われつつも連続で、早稲田松竹にて鑑賞。
前日に鑑賞した手弁当映画が、
登場人物沢山で、
冗長な描写なのに、雑な展開で、
場面の繋がりは無く、
撮影は何とか褒めること可能な範囲でした。
(本気で生業にするなら、脚本は覚悟決めた方がよい。
基礎からキチンと学ぶか、プロに依頼するか)
まあ、
身内で楽しんでる作品に、
わざわざカネ払って観る門外漢が好事家なのは承知。
これも自己責任と、分かっていても、
やはり悔しく、
キャスト大勢で、ストーリーの弱そうな特集に当たり、
埋め合わせに、翌日向かいました。
渋谷のオシャレで掛かるのだから、
アート方面である程度は担保されている事でしょう。
特に予習せず臨みます。
《 開演 》
ああ、こういう作劇なんだ、
長編映画では珍しい。私は”散文スケッチ”と呼ぶタイプ。
「理由」のような連作形式でも、

グランドホテル形式とも、
若干異なる。
もっと、物語性が希薄で、群像的に描写が続く作劇。
2時間の尺保たすのは大変なので、
通常は、
「ラブ・アクチュアリー」くらいの各エピソード無いと睡魔に負けてしまう。
ああ今回は、成人式もテーマなので、
「少女は卒業しない」とか似てる。コチラ↓作劇は群像的な連作。
「ハム~」も何の変哲も無い地方都市から、
東京に進路取った人には実感あると思われ。
以下、作劇中心に語りたく。
1.散文スケッチ 私の原体験「にぎやかな部屋」
2.”物語しか受け付けない”拗らせでは、文学は無理な件
3.「ハム~」→「クリスマス~」の順が良い(ややネタバレ)
4.「砂の女」のような拗らせ
5.本当に、日本人は幼稚に成ったのか?
本作の作劇では、スジも無く、ネタバレすら難しいのですが、
内容への言及は、映画ドットコムあらすじの範囲内に極力留めます。
1.散文スケッチ 私の原体験「にぎやかな部屋」
正式な名称は知らないのですが、
本作のような作劇を、私は賛文スケッチと呼んでいます。
明確なストーリーや、起承転結は無く、
情景や人物の描写が中心。
美しい風景や人情の機微が描かれる。
本作のように、
場所が固定で、
登場人物は多数、
入れ替わり激しい、
場合によっては、主人公も不定。
というケースも多い印象が有ります。
念頭に置いてしまうのは、


やはり、自然描写に優れた作品かなぁ。
エピソードは各編ごと有るのですが、物語に成ってない記憶が残る。
スケッチのように、場面を切り取って描いていたような。
そして、私にとって原始体験は、

星新一だったと思う。
ある一部屋に様々な人物が出入りし、情景や人間模様が描かれる。
ありがちなショート・ショート集とは異なり、明確なオチは無い。
ああ、こんな小説もアリなんだ!
と驚いたはず。
物語の面白さを追うことイコール、小説を鑑賞する楽しみとは限らない。
最初の経験でした。
その後、星新一から卒業して、難しい芸術作品に背伸びしてトライ。
当時は安部公房とか、書店で平積みでした。
因みに、
後年、村上春樹はハマれなくて、流行に乗れず。
確かに、ヴォネガットやブローティガンは日本語で読めてましたし。
ハードボイルドは、別の選択肢いろいろ有るし。
閑話休題。
本当は判らなくて、面白さ体感出来なくても、
それを言いにくい風潮は有ったんじゃないかな。
逆に、
作品の意匠を無視して、
”オチが弱い”
とか言っちゃう人は居なかったなぁ。
2.”物語しか受け付けない”拗らせでは、文学は無理な件
次いでに思い出すのは、
小学校の国語の先生が、
”物語から文学へ” この辺くらいから移行。
と授業してくれてた。
教科書に載っていたいた作品は思い出せないのですが、
同じ小説でも、ラノベ大賞と芥川賞では、ジャンルが違いますものね。
正直、
どんな意匠の作品でも、ストーリーの面白さでしか評価出来ないのは、
幼稚なレベルだと思うのですけれど、
若い内にハードル超えておかないと、頭固くなってからでは無理でしょう。
大人は説明しないから、勝手に悟るものだし。
それはそれで、生きるに支障有る訳じゃなし。
とは言え、
ハリウッド大作みたいな作品ばかりでは大味で退屈なので、
ミニシアターが流行る時代も在った。
で、
”地下鉄サリン以降は、判り易いものが好まれる”説が本当だとして、
アート系の小規模公開作も生き残って欲しいんだけどな。
ロサンゼルスを拠点とする新世代の映画制作者集団「オムネス・フィルムズ」
の作品が観られるように。
まあ、”教養が無い”って話にすると、
「果てスカ」みたいな作品に利用されちゃうし。自戒。
(不評はシェイクスピア関係無さそうだけど)
3.「ハム~」→「クリスマス~」の順が良い(ややネタバレ)
公開順に連続したが、
「ハム~」の10年後が、「クリスマス~」で、
連作として、ウツラウツラ観てました。
どうも、共通でマルチに人物登場してるようで、
(もちろん、一人ひとり把握なんて出来ませんけどね)
同じ地域と思って支障無し。
どちらも、大人数でパーティの一日を描いている。
「ハム~」
成人式というより高校卒業パーティみたいですけどね。
前半は、
大半は晴れやかに卒業。その多くは、この街を出て行くのかと想像される。
中には拗らせて、(精神的に)閉じ込められてしまう人も。
後半は、日が落ちて、
拗らせた人たちの姿が中心に描かれる。
「クリスマス~」
一族が本家に集まるクリスマスパーティーが描かれ、
段々と、描写の対象は、家の外、街全体に広がって行く。
やはり、拗らせが描かれる、長年の拗らせも。
一見、いい話風に終わるのか?
オールディーズ流れますし、
わざと古めのルックで撮ってます。
そこに、
都会に出てゆけば人生変わるかもと想像してしまう閉塞感。
2作品とも如実に感じる映画でしたね。
家族や家は、共同体でもあり、足枷でもあり。
この街自体も同じく。
そして古き良き時代は、いつまでも続かない。
何の変哲も無い地方都市は、
治安が良いとも言えず、
若者たちは微妙に不快な人格だったりもする。
屈託した空気感が高校時代を思い出さずには居られません。
4.「砂の女」のような拗らせ
順調に成長すれば、脱出で、
拗らせると、閉鎖的な世界に囚われてしまう。
スケッチ風の作品に”オチが弱い”と言うようなもの。か?
確か、ノーベル賞もう一歩に対し、

そう苦言したの星新一だったっけ。
文学と読み物は違うんだよ。
笑っちゃいましたけどね。誰の発言だか忘れましたが。
映画は、
背伸びして大人になろうとした頃思い出させます。(成れませんでしたが)
世界は昔より不安的で、
正解が用意されないと気がすまない場所に成ったのも呪い。
5.本当に、日本人は幼稚に成ったのか?
否、
判らないのに、解ったフリする方が、
理解しないまま堂々としてるより、
ダサイよ。
我が身を振り返って。
昔の空気の読み方と今じゃ、ちょっと性質が違うだけじゃないかな。
日本人がバカに成ったと言う人も居るけどさ、
私は、そうは思えない。
声明文が不自然過ぎて、
あの声明文を鵜呑みにして、娘さんがバカという人が賢いとは。。
声明文の不自然さについて、言及するyoutuber漸く見つけました。
真偽の程は確かめようもありませんが、
あの声明文はいくらなんでも、、、
まあ、
オールドメディアは利害関係者なので、AI悪人にしたいのでしょうけど、
youtuberにも圧力掛かってるのかな。
フワちゃん、中山功太、あのちゃん、阿部慎之助元監督の娘さんと、
表に出ず動いてる人は居るでしょ。
閑話休題。
全てのコンテンツを物語的にしか消費出来ない人は、
常に、一定数居るでしょうけど、
それを大きな主語で語っちゃダメですね。自戒。
それにしても、
タイラー・タオルミーナ低評価っぽいですけどね。
シネコンでなく、わざわざBunkamuraの客層にも関わらず、
不可解ではあります。
いや、眠くなりますけど。(連続で観るのは無理かな)
この手の映画で、必ず、
”ストーリーが💢”と怒る人居るのは、
ある意味、消費が豊かな証拠かと想ったりします。
寝落ち覚悟で、
特徴もさして無い地方都市で育ったノスタルジーに浸りたい人に、
お奨めします。
オムネス・フィルムズ その名前覚えてとこ。
いにしえに、ピンク・レディーがカバーしてた。気がする。
2026.05.29 00:00現在
今年3月頭と同じパターンに見えてしまうけれど、
停戦延長がどう転ぶか分かりません。
別の要因で動きそうな気もします。
本命下落でも、常に上昇の可能性考えつつ。
