「椿三十郎」小国英雄の忠告無視し、プロット除けば完璧( ´ᾥ` ) 娯楽の正解と因果は巡る


午前十時の映画祭 黒澤明&三船敏郎の2作。
「用心棒」はチャンス逃して、
続編(?)は最終の日に滑り込み。
  
ちゃんとスクリーンで観た事ありません。
特に予習せず、朝から向かう。
  
 《 開演 》
 
※ネタバレします。
 
 
 
1.全く隙がない
2.30人斬りに何を感じるか
3.木に竹を接いだ脚本
4.小国英雄はスクリプトドクター
5.プロット破綻の因果は巡る
 
1.全く隙がない
冒頭から、
余計な説明省いて、さっさと進みます。
 どうやら、藩は腐敗に揺れて、そこに、
 純朴で思慮の足りない血気盛んな若者たち。
 ああ、
 同情して加担するんだ。正義の味方だな。
  前作「用心棒」から人物は引き継ぎ、

 腕も立ち、機転も利く素浪人といった役どころ。
 三船敏郎の殺陣は、抜かずとも別格と知れる。
 ライバルの仲代達矢は、まんま力石徹。(ちばてつや後発)
手短なプレゼンは、異常なほど淀みない。 

横幅を隅々まで活かした構図には、
9+1人チームも程よく映る。(加山雄三に比べ、田中邦衛はクセ強)
そこに、
 固定にも、長回しにも、拘らず最適なカメラと、
 小気味いい編集に痺れます。
 セットも衣装も予算潤沢。
日本映画黄金期ならでは、惚れ惚れする画作り。

 
余計は無い、快適至極。
そこから、 
小林桂樹の箸休めを、ときどき挟みつつ、 
ストーリーは、圧巻のラストまで、一直線に進む。
 多少は’説明不足’と言われようと、
 逆に、セリフで処理しようと、
全ては、スピードが凌駕する。
まるで、
三船敏郎の太刀筋の如く。
それも基礎が盤石であってこそ。 
 
公開当時、
大ヒットして、今でも根強い愛好家多い。
それは納得。 
 
 
 
ですが、違和感が残ります。
ここまでやっちゃうと、如何に言い訳してもねぇ。
 
2.30人斬りに何を感じるか
結局、武力で解決するなら、
さっさと敵のアジト突き止めて、
堂々と乗り込み、人質奪還すればいいよ。 

愚かな若者たちを対比的に描く、三船敏郎の機転も不要。
知略で成果を得る原作由来のプロットは、意味を失う。
客が素直に、カタルシス得られる物語でいいよ。
   
いくら罪悪感を吐露しても、
作り手のエクスキューズにしか思えない。
 
戦争終わって高度成長期。天下泰平な時代のテーマが、
30人斬りと不調和を起こす。
  
 
構成は本来、
 主役が刀を抜く殺陣は、ラストだけで充分で、
 仲代達矢の造詣は、
  悪の設定不要で、部下(or雇われ人)だけで済まし、
  腕の立つ見せ場を用意して、
 決斗でしか、死ぬに死ねないサムライにしないと。
 
本作は、 
プロット以外は完全無欠で、息をもつかせぬ展開の連続でも、
やはり、同時期の傑作の脚本と比べてしまう。

こちら↑は用意周到にアっと驚かせ、テーマに沿って、最後も感慨深い。
法廷劇として優れ、大立ち回りも魅せる。 
 
 
「用心棒」  → 「last man standing」に対し、
「the sting」 → 「椿三十郎」 (ジョージ・ロイ・ヒルが後だけど)
という意匠なら、原作歪まないで済んだのに。

 
違和感を感じ取った観客は、
”自分には合わない”としか言わないな、歴史的評価が確定した名作だもん。
あるいは、
”感情移入出来ない”、”若者たちにイライラする” ともう少し踏み込むか。
 
そりゃそうよ、
結局剣の力なら、愚か者の対比で知略を際立たせる、その甲斐が無い。 
殺陣の魅力は有れど、
頭脳戦のカタルシスは得られない。
 
 
脚本そのままのリメイクで、当時の世間はようやく本作の歪みを認めた。   
織田裕二が主役なら、
”踊る”的組織論の中、”振り返れば”の駆け引きで、


大団円にすりゃ良くて、
角川春樹は出所したばかりで、まだ正気戻らず、
そのまま、リメイクしてしまった。

    
 
そもそも、
3.木に竹を接いだ脚本
脚本は完璧に程遠く、展開で不備を隠している。
企画の成り立ちが、そういう。

この作品は元々、かつて黒澤組のチーフ助監督であった
堀川弘通の監督作品として黒澤が執筆した、
山本周五郎原作の『日日平安』の脚本がベースになっている。
『日日平安』は原作に比較的忠実に、
気弱で腕もない主人公による殺陣のない時代劇としてシナリオ化されたが、
東宝側が難色を示したため、この企画は実現しなかった。
その後、『用心棒』の興行的成功から、
「『用心棒』の続編製作を」と東宝から依頼された黒澤は、
日の目を見ずに眠っていた『日日平安』のシナリオを大幅に改変し、
主役を腕の立つ三十郎に置き換えて『椿三十郎』としてシナリオ化した
(共同執筆は小国英雄と菊島隆三)。
なお、黒澤は『日日平安』の主役には
小林桂樹かフランキー堺を想定しており、
『椿三十郎』で小林が演じた侍の人物像には
『日日平安』の主人公のイメージが残っている。

今なら主役は、阿部サダヲか瀬戸康史で、当初のシナリオで観てみたい。
本作はキメラ。
前回同様、没ネタ復活から、傑作と評される作品。
連続して観るのも、乙と選んだ。
 
さらに、 
原作短編を読めば、映画に名残りを数える。
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貧乏浪人の偽装切腹から始まる。それもコント仕立て。
山本周五郎の筆致は相変わらず流麗なれど、
展開はさっぱりして、2時間の映画には物足りないだろう。
それでも、コメディの軽妙な小品として脱稿。
  
死人が出ては、機転で切り抜ける趣向も殺してしまう。
最初の脚本から、
平和主義を盛っていると想像される。
原作では、奥方にそこまで言わせてない。
 
それが、
地味すぎてボツ。
そこで「用心棒」で換骨奪胎。
時代背景もテーマも異なるのに、、
そりゃ両立しない。
 
しかし、プロデューサの意向では、
三船敏郎の卓越した大殺陣は外せない。
かといって、元のテイスト捨てては、一からやり直し。
手際の良さと、言い訳で、ギリ違和感を脱臭。
 
それでも、
軽やかに全て過ぎ去った後に、モヤっと。
カタルシスは無理だなぁ。
ラスト以外でも平然と、命令通りの無実の人を斬るのに、情に厚いとは、
 
 その優しさを、どうして他に分けてやれないんだ!
主人公補正が無理すぎる。
 
 
 誰も、違和感を指摘しないのか?
google曰く、
会社の意向を受けた監督と、
脚本家は、
人斬りを巡って、対立したらしい。
ここは黒澤明が、
小国英雄の正論よりも、商業の正解を選択。
大ヒットなのだから正義。
  
 
 
私は、複数の脚本家が競うからこそ、脚本が面白いのかと誤解していた。
 
4.小国英雄はスクリプトドクター

昔から、そんな人が居たのか。

小国英雄は数々の黒澤名作の脚本チームに参加している人。
黒澤は「シナリオのことがわかっているのは小国だけ」と言って
信頼していたという。
黒澤チームでの小国英雄は自分では原稿を書かないが、
黒澤や橋本が書いた原稿を判定する役割を果たしていたとか。
船の航海でいえば、マストのてっぺんに立って、
進路が正しいか見守る役割だったシナリオの達人。

google曰く、
 「七人の侍」百姓が侍を雇うなら面白いとGoサイン。
 「生きる」通夜をミッドポイントに構成。
 「椿三十郎」主役の殺陣に反対し、おっとりとした反戦を盛る。
       30人斬りを”あれじゃ、殺人鬼”と否定。
 「乱」リア王を可哀想に描く案に激怒、脚本を降りる。
 
 最高傑作は「人情紙風船」と評され、山中貞夫とのコンビで、本領を存分に発揮。
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 個人的には、昔TVで観た「煙突の見える場所」が忘れがたい。

 (”赤ちゃんに乾杯”的な長屋の人情物だったはず、
  多分、私は椎名麟三を読んでいた時期で、共鳴したのだと思う)
 黒澤明は、”逆立ちしても撮れない” と絶賛し、
 「生きる」とは逆な、小粋な善意に打たれたらしい。
  
  
本作は、
 無垢と人間の業を描く脚本家小国英雄と、
 ダイナミズムの大衆娯楽で不世出の黒澤明が、
衝突し、未消化も残る。
 
当時から専門家の評は、
 ラストの流血は悪趣味 VS 痛快な娯楽
なんだかな。
   
 
 
5.プロット破綻の因果は巡る  
黒澤明は、
「砂の器」の壊れたプロットに対し、橋本忍に忠告。
破綻ギリギリをまとめ、ヒットを飛ばす橋本忍も「幻の湖」に至る。

小国英雄は、独り正気を保った。 
少年時代、
 武者小路実篤の門を叩き、
 神学校に進み、原書を貪るように読破。 
バックボーンからレベチかな。
クリスチャンの椎名麟三とも話が合う訳だね。
「乱」じゃ降りちゃう、むべなるかな。
 
 
クレジットだけでは、知り得ない違和感の正体も、 
商業映画の宿命も知る。 
昔の映画はエンドロールが無く、パッと明るく潔い。
 
 
 
脚本は揉めても、音楽は安定かつ一流の武満徹。 

死に際が大事。遺産残すと揉め事も起こり、
あのリメイクも、遺産の切り売りが原因。 
 
 
 
2026.10.30 18:00現在
 売り仕掛けのタイミングを逃してしまった。
 ここで登れないのか、やはり。
 20MAまでは戻す可能性も否定出来なくて。
 何とも微妙でまた来週。

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