舞台挨拶から察するに、
クリエーターとしてでなく、CEOとしても有能かもよ。
シンエヴァが無能だらけなのは、客層を考慮した敢えてかも。
と再考したので、メモ。
呪術廻戦がエヴァに寄せすぎで話題になってましたが、
新しい用語増やして、新しい設定作ってくのは興醒めしてしまう。
そんなんオマエのさじ加減やろ!
って、脳がツッコムのでお話に集中できない。
進撃に私が影響受けすぎですね。
ああ、あの設定はここにつながってるのか!
という快楽を経験しすぎてしまった。
罪なコンテンツだったな。
経験しない昔には戻れない。茹で卵のように。
週刊連載は来週の自分が解決してくれるものなのに。
そんな今日このごろ、シンエヴァ映像関連の続報嬉しく眺めてました。
映像作りのことにもっと寄せて欲しいですよ。
昔ながらの考察と、卒業式の感想ばかりじゃ、あんま楽しくなくて。
庵野:存在するものから切り取ることでアニメーション作る。
鶴巻:庵野さんがやりたいからこれやってるんですよね!
前田:後半はいわゆるアニメ制作の手法だったので、同じ。
緒方:庵野さんが人の意見を聞かないなんて言ってませんよ。
鶴巻監督が可哀想で部下の悲哀を感じさせる良き動画です。
あの映画の評価って、敢えて点数(100点満点)をつければ、
作品単体として :40点
卒業式として :100点
映像の挑戦として:75点
くらいと想定してます。
前も書いたのですが、
私は映像の挑戦として観ました。
戦闘や卒業式パートいらねー。
全編写実主義でやって欲しかった。ので減点です。
【制作こぼれ話】
第3村ミニチュアジオラマ続報(まだあります
模型縮尺に合わせると、#庵野秀明 総監督がほぼエヴァと同じ設定身長になることが判明し
初号機対第13号機の、
村とのスケール参考になっています。#シン・エヴァンゲリオン劇場版
観てね pic.twitter.com/rgkTbD4PTU— (株)カラー 2号機 (@khara_inc2) April 12, 2021
にしても、凄えな。
見に行こうかな。
あと、
センスない役人の予算配分の件も、動画カットする以外の手段ないのかな。
庵野監督が皆の前で発言してる時、唯一感情的になったのが「クールジャパンの企画で国の方と話す機会があったが、国は特撮を保護する気がないとハッキリ言った、あんなものに価値はないと。特撮の昔ながらの手法は日本の文化だ。」って珍しくキレてたから一番好きなのはやっぱ特撮なんよね…
— よっしー (@NC010203) April 3, 2021
特撮ファン声上げろよ、と思います。
ま、それはともかく、
いろんな要素のスタッフをまとめ、
興行的にも自社制作というリスクを取って成功し、
顧客満足もさせてる訳ですから、
人使い荒く成果を出す、
スティーブ・ジョブズ的に優秀な人なんだろうなと。
その代償として、やりたくないこと続けて、心壊したけど、
後天的に様々な経験を経て成長したのだろうか。
なのに何故、
エヴァ作中では、無能でクズなオトナばかり登場させるのだろう?
庵野監督がCEOとしても有能なら、わざと無能に描いている。
進撃の巨人だと、有能無能が明確に描き分けられるので、
余計な違和感感じてノイズになるのだが。
そんな人に人類の命運託しちゃダメだよって。
わざとなんじゃないか?
そんな答えが浮かんだ。
やはりヒントは岡田斗司夫で、
幹部の無能さがバレないように画面の演出で乗り切るというお話。
スポンサーか電通かテレ東かのどこかで、
具体性もなく、対策もない野党的な無能が担当になったんだろうね。
で、
あ、っと思ったのは、コメントで。
まあ、ゼーレ幹部の役割は各国から金をふんだくるのが主たる仕事な訳でwその意味で国家予算レベルの集金力あるから無能とは言えないね。ゲンドウが失敗したら首にするだけだし。
「集金力ある」は設定であって、人物の言動から推定される能力じゃない。
(営業とプロジェクト管理が同一人物でないのは組織じゃ普通って、
基礎的なツッコミは脇において、)
社会人なら当たり前だけど、
予算配分も進捗も、費用対効果も、もっとマシなこと報告させるだろう、
現実世界では、
首を切ればいいというような、カネ垂れ流すプロジェクトの放置を免罪されない。
まあ、日本国では例外も多そうだけど。
なのに、コメントは、
設定と
人物がどう描かれているのか、
の区別がつかない。
社会経験がないか、あるいは、そういうレベルの人材なのか?
ああ、そういう人が客層だよな。
社会経験ない思春期の男性
大人に成れない精神的コドモ
昔を懐かしむ普通の人
ならば、
ダメなオトナしか居ない方が、逆に感情移入させやすいか。
優秀な人はノイズか。
庵野秀明マーケティング的に狙ってやってんのか。
もう、ダメな指揮官が許されるような時代じゃないと思うけどな、
こういう話が出るくらい。
少年時代から強烈な個性を発揮していたことが分かる、 #中田英寿 らしいエピソードです。恩師の目を見開かせた一喝は、今の時代でも多くの教訓を与えてくれます。
「負けた罰で走るなら」中学生のヒデ、私を変えたひと言:朝日新聞デジタル https://t.co/ddhx6zaV1p— 朝日新聞スポーツ (@asahi_sports) March 17, 2021
練習試合の大敗にすっかり頭に血がのぼり、部員にダッシュを命じると、中学生だった元サッカー日本代表の中田英寿さんはこう言いました。「試合に負けた罰として走るのであれば、負けた原因は監督にもある。皆川さんも一緒に走ってください」。
そういえば、
出典忘れたけど、
「上司が無能だから、残業ばかりさせられる」
って発言があって、
残業多いのは待遇、境遇であって、
上司の無能と直接の相関はない。
その有能無能を判断するなら、
リーダーシップ(イエスマン、一貫性なし)
マネージメント(兵隊脳、概念すらない)
個人スキル(基礎的ビジネススキルの欠落)
業務の専門性(その分野の知識経験の不足)
意欲(不勉強、指示待ち)
などの項目ごとに分析くらいしてよ。
計画や設計が杜撰でダンドリ出来ない人材をマネージャにした組織で、
結果、手戻り多くて、担当であるオレの作業が増える。
流石にオレは、
オフィスの引っ越しで座席表作らないまま荷物動かすような真似はしない。
なら、そう言えよ。
最低限の合理は担保してくれって。読んでて怒り覚えたのだけど、
全員が有能でも、普通でもないよね。むしろ普通が少数派か。
と、ある動画が気づかせてくれた。
そうなんだよな。
でも普通のことが出来ない人は出来てないことに気づけない。
故に無能の自覚ない無能のまま。
我が身を振り返っても、ホントにそう思う。
そんなので、優秀、普通、無能ってどんなか調べようと思った。
↓読んで、レベル感がバラバラ過ぎて、驚く。
世の中には、優秀な組織もあるんだね。
1回目のミスは責任不問です
同じ事案での2回目のミス、要するに繰り返し起きてしまったミスは、本人の責任です。キツく叱ります。同じミスを2回した、ということは、学習していないということですから
同じミスを繰り返したときは、これはもう上司の責任です
上司は2回目のミスを見たにもかかわらず、再発防止策を本人にきちんと取らせなかったということですから。
繰り返し起こるミスは、本人の責任でなんとかさせるのではなく、仕組みでなんとかすべきです。
そうしなければ組織にノウハウは残らないし、誰が責任をとるのかもあいまいになる。これは許されないことです
ぜひ投資したいね。
逆に低レベルなのは、
「『頭の良いリーダー』と、『行動力のあるリーダー』のどちらに人はついていくか?」
参加者のなかから「頭が良いとはどのようなことか?」という質問が出た。 それに対して議長は、「計画をきちんと立て、勘ではなく数字を重視し、あまり間違えないリーダー」という姿を定義した。 一方、行動力があるとは、「計画は最小限、まずは率先して自分がやってみて、直感的に判断する。よく間違えるが修正も早いリーダー」
成果が同じくらいなら、圧倒的多数が「行動力のあるリーダー」についていきたいと言ったのだ。逆に「頭の良いリーダー」は酷評された。
相当に頭の悪い組織だな。
そもそもの定義が間違ってる。
計画立て、定量化するのは、ビジネスとして普通。
別に頭良いとかそういうもんではない。
修正が早いは、成果を出すに必要な要件だが、行動力のあるとは別の話。
普通にやっての成果と、個人の才能に依存して、同じ成果なら、
なんの魅力もない。
よりリスク取るなら、ホームランも打ってくれなきゃ存在価値がない。
質の低い議論も肯定出来るのは、社会で生きてく術かもしんないけどね。
それにしても些末。
実際は、
「普通のことがちゃんと出来る」から学ぶことは多い。
個人の資質に依るものは、再現性なくて参考にならなかったりする。
スキルとして、「試して修正する」が学べるなら、それも良しだけど。
行動力の問題じゃなくて、判断力の問題だね。
ソフトウエア開発で例えると、
ウォータフォールかアジャイルかという手法の違い程度のこと、
どっちが優れているかは、そのプロジェクトの性質によるよ。
アジャイルだからといって、マネジメントが個人依存という訳でもない。
いずれにせよ、プロジェクト管理の基礎は身についてた方がいいよ。
今ワムウの気持ちで、ZOOM会議待ってるのだけど、
理解力、思考力、判断力、誠実さ、ビジネススキル、
の5項目で、
対話する相手の能力評価改めてしようと思ってる。
その人欠落してるように見えんだよね。いろいろ。
お陰で、有能無能について、考えるキッカケもらったのだけど。
無能な人に囲まれると不安で、
その逆だと、とりあえずホッとして快。
自分のそんな性質にも気づいた。
生い立ちからして、ダメなオトナに痛い目会ってるからだろう。
世の中は無能に溢れていても、私は優秀な人に囲まれて生きる。
無能はほっておいていい。ダメに期待しない。
優秀な人に囲まれているかどうかは、私が有能かどうかと関係ない。
そういう割り切りが出来ないと、何かと失敗してきたな。
ようやく気づいたよ。
以前ダメな管理会社代えたことがあって、
だからこそ、不動産の神様に合格貰えたのだなと、
逆に仕事は、ノーを言うべき判断誤ること多く、不合格だったのか。
今ごろ、分かったよ。