良き落語のような「パリタクシー」。「THE SECOND」確認してホリエモンへの同意とあっちゃんへの異議。

漫才より落語の方が高尚だと思ってしまう。
漫才は笑えても、物語を味わう満足感がないから。
 
ミニシアター系でも観客に支持される映画をようやく観ました。
語り口が上手いから、たっぷりとした満足感が残ります。
 
説明過剰で押し付けがましくて媚びる作品、
に辟易とすることもありましたので、
癒やされます。
やっぱ知性の問題って、歴然と存在するのではないかな。
ホリエモンに賛同せずにはいられない。
 
 
転がってる「THE SECOND」の決勝観てしまいました。
確認したくなって。
そしたら、ホリエモンに同意でした。
面白くないんだもん。
 
決勝のギャロップ面白いですか?
達者だけど面白くはないし。
確かになぁ。これで笑うのはIQ下げないと厳しくないかな。
 
 あ、いまだにハゲネタが掴みなんだ。

 寿司、焼肉と同じように、ワインに合うちゃんとした料理食べたいときはあるよ。
 その庶民への媚は共感できないから笑えない。オレ金持ちじゃないけど。
 
 え、味見の顔芸で何度も笑い取るのか、それはキツイ。
 
 つっこみ役が話に入れず、まごまごするのは新鮮味なさ過ぎるし、
 黙って聴いてりゃいいじゃん。必然性もないし、
 いまさらそれで笑えと言われても、、若干辛い。
 
 確かに、オチはホリエモンの言う通りかな。
 意外性はないよね。
 

ホリエモンに全面的に同意してしまった。
確かに、 
技術は高い。けど、落語のように文化的に昇華されてない。
笑いの質がベタであざとくて、低俗な印象は否めない。貧しい。 
ハリウッド映画のような分かりやすい刺激ばかりだと飽きるよ。
鑑賞後に満足感がまったくない。
 
なんでだろう?
昔「M-1」でブラマヨ観たときは、圧倒されたのに。
   
 
逆に、
あっちゃんの主張には同意できない。
事実と違うじゃん。
まっちゃんにハマらなくても決勝まで行ってるし、
決勝ではガンズが勝てないのは、あれは競技では仕方ないし、
むしろ、
まっちゃんに不評ポジションはオイシイ。
ギャロップのネタの後のアンバサダーの表情は、
 ”これで優勝はヤバいな” 
という感触が伝わったよ。
個人的な遺恨と、審査への介入は別だなという感想。
 
 
それはさておき、
才能ある若手は、これ観たらキャリアパス考えるだろうな。
 劇場中心の漫才師になるか、
 TVタレントとして売れるか(漫才の技術を磨いても無駄)、
 youtubeでやりたい笑いを追求するか(TVは斜陽)、
そのバランスは考えるよなあ、
 
”中田は芸人じゃない” と言うが、
面白くもなく、新しいことに挑戦もせず、売れもしない、
自称”芸人”さん達に同調していては、朱に交われば赤くなってしまう。
群れてて危機感ない人達とは一線を画さないと。
 
才能あるなら染まっちゃいけない。
尖っていたころのダウンタウンを嫌っていた人達と、今の松本信者は瓜二つ。 
 
 
ふと、落語のネタを連想して、youtubeで探してしまった。

講談ですけど。
逆境を物ともせず、才気と工夫で、反対を黙らせた。
自身の境遇にも重ねて、新進気鋭の心地よさ。
 
が、うっすらと記憶にあるのとは違った。
これはこれで良いのだけれど。
 
何故か、記憶にあるのはこれ↓な気がする。

こちらは名人による名人伝。舞台に掛ける気迫は本音だ。
知識もない私でも、舞台の情景がイメージできるんだよなぁ。
それが芸というものか。
 
 
よく映画でもネタバレにうるさい人いるけど、
表面的なサプライズと感動は別物だといつも思い、違和感を感じる。
多分、小中学生の頃に深夜ラジオで落語聴いてたからだと思う。
ネタバレを気にして聴く人は居ない。 

例えば最近、中田vs松本の余波で、
キンコン西野ので、島原の乱の都市伝説を聴いてしまった。
それから、
ああ、そういえばそんな話あったなと検索してしまった。
 

頑張ってるし、爽やかだし、好感持てるのだけど、
これじゃない気がする。

記憶をたどると、これ↓だった気がする。

 
語り口とか緩急とか、やっぱ江戸っ子なとこ。
落語だと、技術と満足度が比例するのに、
「THE SECOND」の漫才だと、それがバラバラに感じる。
まるで、ハリウッド映画の映像技術のように。
 
 
どんなに滑らかでも、不自然さ感じたら感情移入を阻害する。
凄くても、感動は別もの。
工業製品みたいな感想言う人とネタバレにこだわる人って、多分一緒。
 
 
で、ようやく「パリタクシー」なんですけど。
ハリウッドなら特殊メイクで撮るよね。
それじゃ、役者さんの厚みは出ない。
 
経験ない役者が戦中戦後語っても薄っぺらい。ただお説教くさいだけ。
アメリカならポリコレ全振りで、そうなるところを、
まずは回避してくれてホッとする。野暮じゃないって素晴らしい。
 
 
映像技術も嘘くささを感じさせないように、全力で配慮している。

パリの町並みに、歴史の厚みはあるのに、軽妙な語り口。
 
音楽もゴージャスにスタンダード・ナンバーで、
ああ、フランソワ・オゾンと組んでる人なのか。
 
壮絶な人生ではあるが、落語みたいな珍道中。
スペクタクルとは違う満足。
 
感情移入のバランスがオレだけ違うのかもしれないけど、
主人公が100%被害者というだけじゃないのが、
お説教くさくない丁度いいバランスかと観てました。
 
阿部定なDV夫は悪いけど、その前の米兵もクズだよ。
その善悪は主人公の主観じゃん。差がありすぎで100%同意ではないよ。
 
DV夫はずっとないがしろにされて、愛されていない。
その虚しさを暴力でしか表現できないのは未熟だし、
執着せずに、さっさと別れるべきだったのだけど、
同情の余地はあるかな、殴った代償も充分重いのだし。
 
ま、減刑はあるべきだけど、無罪はムリじゃね。
で、出所したら息子はロバート・キャパになっていた。
歴史の見せ方が上手いなあ。
ノルマンディーからサイゴンまで、時の経過をあっさりと、でも響く。
 
落語のようなオチからの、ダンスシーンで〆る。
もう一度、彼女の人生を噛み締めながら終わる。
甘美でビターな味わい。
 
  
良いものを観たという満足感が残る。
逆に技術は高いが、表面だけの刺激のコンテンツが多すぎるんだろうね。

今日も聴いてます。

やっぱ天才だと思う。もっと評価されてよいもの。

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