イワシ化時代の黙示録としての「嫌われる勇気」

ども、いい天気が続きます金沢は、
なのに相変わらず、テレビよく見てしまって。
 
 
昨日は鴻上尚史が、
喜劇の中に悲劇とか、悲劇の中に喜劇、複雑に、
そういうことやると、迷走してると言われちゃう。
分かりやすくはっきりしたものが受け入れられる。
文化的なレベルはどんどん落ちてるんじゃないかな。
 
的なことを言っていた。
 
 
まあ、「逃走中」でセコいプレーヤーがいると炎上だもの、
本気で怒ってる層が、一定の規模で居るって判断すべき。
 
それをバカだ、幼稚だと言うのは簡単だけど。
ちょッとマテよ! とキムタク風に思う。
 
 
ドリップコーヒーの方がインスタントより旨いけど、
オレは両方飲むことあるよ、お湯に説くだけって、後始末もラクだし。
 
深海魚は視力は退化する、が、それを補う知覚を獲得する。
生きてるんだもん、
環境に必要な能力は伸び、不要は廃る。それが摂理というもの。
侮ってはいけない。
 
 
佐久間正英さんのドキュメンタリも見た。
死ぬまで音楽に関わった人が、晩年、
そろそろ音楽から手を引く時期かもしれない。
と仰る。
 
 
エジソン以前は楽譜買って、自分で弾いて楽しんでた。
レコード、CD、ダウンロードと来て、
今は、
聞きたい曲なら、どこかにタダで落ちてる。
CDは握手券で、普通の人はもう買わなくなった。
だんだんバカになるかもしれない。
体脂肪や血圧にも悪いかもしれない。
 
 
が、
楽譜読めないのは退化だけど、
便利さによって、得たものも失ったものもある。
昔より、多様な楽しみを楽しむことは出来る。
生き物は環境に対応するように出来ている。
 
 
「明日ママ」を擁護することは出来るが、
テレビというのは、安全で分かりやすく、だから、つまらなくてもいい装置。
という説もある。
 
薫り高い珈琲飲みたければ、 
インスタントとは、違うコストを払って、違う味わいを愉しめばよい。
 
 
で、ちょっと想像してみていただきたい。
もしアナタが未来人で、
2014の現代日本に旅行で立ち寄ったのだとしたら。
「嫌われる勇気」にどのような資料的価値を見出すだろうか。

実は、 
目的論からの自由意志の肯定。自体は既にある。
それ自体はさほど珍しいものではない。
 
それを、
「嫌われる勇気」という矮小な例から始めることに特筆すべき点がある。
ベストセラーにはそれだけの訳がある。
主人公は哲人ではない。テーマが思想に見えるが、それは手段だ。
青年によって語られる、現代社会への共感があってこそ。
数えちゃいないが、哲人と青年では、どちらが行数多いだろう。
目的論そのものを語りたいなら、その比率はああはなるまい。
 
ベストセラーの意味、歴史的な資料価値は、
「他人からの拒絶という恐怖に支配された社会」の反映である。
 
お金でトクが善、損すれば悪というのが、貨幣経済における損得教。
他者と繋がれば善、拒絶は悪というのが、評価経済での教義である。
流通の媒体が変わろうと、原理主義者は揺るぎない。
 
 
自由意志とか、これから判断の基準にはならない。
かつては近代自我という言葉があったが、
もう、自分なんてない。
 
それは、イワシ化という進化と見える。
 
 
今までの思考や鑑賞の文脈では、
それは幼稚で表面的で、IQが低いように見える。
そうだけど、そうじゃないんだ。
 
江戸から明治に急激に近代化して、
とっとと近代を終わらせて、
自分との関係性だけで説明できる体系に移行を急いできたんだよ。
 
 
戦後民主主義という欺瞞は、
まるで戦前が独裁であったかのようにプロパガンダすること。
昔だって、空気読んで、迎合して、支持したのに。
あたかも、戦後になって初めて多数決で決まるかの如くに宣伝した。
軍部が暴走したかもしれないが、なにも空気に反した訳じゃない。
悪者を作ってそれを叩いて終わるという手段すら生き写しであろう。
 
 
昔は、マスメディアという特権が居たけど、
それが解放された今。イワシ化。
 
 
損得教の信者となり、順応することが難しければ、
クリエータや職人となる余地をどこかで自分に許すしかなかろう。
 
 
今回の帰国では、浅田真央、佐村河内守、小保方晴子、
物語の流通を沢山見た。
ことの内実は別として、安い感動が大量消費される様を見た。
 
まあ、でもインスタントコーヒーしか飲めない訳じゃない。
ドリップコーヒー飲む手段は幾らでも、
時代が進めば、安い感動も洗練されて、コンビニで100円あれば満足できるかも。
 
 
大量の流通の中で、満足できるものなんて、
あんまり無いし、まあ退屈。
埋まらない不満足は、自分で別にどこかにコスト払わんといかんね。
 
 
社会を泳ぐことが上手くなくても、クリエイトの逃げ場があれば、生きて行ける。
プロである必要はないよね。プチクリ。
 
それすら自分に許すことが出来なければ、最悪は、
黒子のバスケや柏の通り魔。
 
軽度なのは、
裸の王将や、スタバの爆竹のプチテロリスト。
 
 
 
フェイスブックに、
好きな人からモテるっていう言語矛盾なの広告があった。
 
モテとは、好きでもない人からも好かれるというマスで、
それは相思相愛。 
モテには、コストも覚悟もいる。

もし、繋がることが負担で歓びが見いだせないなら、
自分で豆挽いて、フィルター越しに飲む世界を持たなきゃ。
少年時代の私は本を読むことでその世界を得た。
今はさらに、
楽譜が読めなくても、音楽が作れる時代になったんだし。
 
 
逆に、
お金があれば、人の目を気にしなくなった、というのは笑止。
確かに、まだ有効な発想だけど、それじゃ逆行なんだよ。
そして本質は何も変わってない。
 
 
ひろゆきや小飼弾が、
生まれてくる子はバカであって欲しい。という、
 
深海で目が見えても苦労なだけ、
それは捨てて、他の能力伸ばした方が適者生存ということ。
 
 
安い感動とプチテロ、そんなニュースばかり見てた気がするが、
それは何も偶然じゃない。
 
そろそろ今回の滞在、総括する時期である。

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