辻村深月「ぱっとしない子」「鍵のない夢を見る」結局は才能。だけど芥川賞は獲りにゆかない生存戦略。

「かがみの孤城」や「ハケンアニメ」の原作者なのは知っていた。が、
ラノベとまでは言わないが、ジュブナイルものを主戦場とする作家だと思っていた。
本当は、”大人の鑑賞に耐える”も幾らでも書けるはず、
文学寄りの方が需要大きれば、そちらを選ぶと思われ。

中高校生向けも多いので、
人間描写よりも、ストーリーの面白さで勝負してるかと思っていた。
読む前は。

 
俯瞰できたり、複数の視点を持てる人はいるけれど、
主観を憑依のように表現する筆力は圧巻。それを鮮やかに切り替える。

何気ない日常の落とし穴。他者というものをまざまざと示す。
手の内にカランビットナイフを忍ばせ、
気付いたときには、既に読者の喉元に刃物を突きつけている。
  
作者の匙加減一つな、伏線回収や、どんでん返しとは一線を画す。
本来は今のマーケットでは生きづらい資質かもしれない。
 
成瀬・・」を試してから、
賞の候補なったり、近年人気ありそうな作家の作品を更にいくつかトライした。
才能がそこまでじゃないのかな。気にならんか?
 プロットの破綻、描かれる人物の一貫性のなさ
 書くべきか省略すべきかの判断、情報量のコントロールが粗末   
 話を提示する順序やタイミングが疑問、話芸が下手
 そもそも文章が上手いと思えない

などに、突き当たることが多い。
ようやく、それらから頭一つ抜けた存在に出会った。
高校球児の中に清原がいるようなもの。
本人の努力もあるが、結局は持って生まれたモノが違う。
    
 
語りがアレなクリエータに出会うと、小説に限らず、
小説、漫画、映画、落語などの物語からの経験、
それに接して震えるような体感に乏しい。と感じられる。
物語の経験値が圧倒的に足りてない。インプットの絶対量が少ない。
実は、清原が一番バット振った高校生かもしれない。
 
質と量のみならず、ジャンルの横断やバリエーションにも乏しい。
興味ないのか? 
下手の横好きでない幸運は希少だが、
好きでないものの上達はもっと実現性が低い。 
 
ひょっとしたら、 
 ”パーフェクトオリジン編は三国志、赤壁あたりか。スグルは劉備。”
と説明して、話が通じないかもしれない。
 ”肉じゃがとカレーは同じ” と言っても分からないかもしれない。 
そう想像してしまうほど。
 
兎にも角にも、
物語に触れた経験値が、作者に絶対的に不足してると感じることがあり、
それは「成瀬・・」キッカケでの新たな発見でした。
 
辻村深月は私にとって、川砂の中のゴールドの粒。そんな存在となりました。

あまり期待せず、unlimitedだからとキンドルで読みました。
 あー、こういうことってあるよね。
人は他者とは分かり会えない存在。
この世の哀しみを日常の中で切り取って見せる。
もともと王様タイプの人格で、新人の小学校教諭だったら、
そりゃ王様になってしまう。歯止めが無いもの。
 
”ぱっとしない”は主観であって、他者はあなたには知り得ない主観を生きている。
当たり前であるが、
つい忘れてしまうこの世の不幸を読者に突きつける。
逆に尊敬できない大人がいるのも当たり前、
彼らはあなたに尊敬されるために生きてる訳じゃない。
だからさ、許せとは言わないけど、諦めてあげればいいのに。
まあ、子供の頃に受けた大人の仕打ちは、憶えてるもんだけどさ。
 
 ”ぱっとしない子”のサプライズ(謎)があって、
 カタルシスとはちょっと違うが、感慨がある。
 どちらの立場でも。感情移入もある。
 
生きてりゃ、こういうことってあるよね。
私には小学校に良い思い出は無いが、裸の王様に成ることだってあったよ。
自分が善人だと思って、認知が歪んでると余計動揺も大きい。
 
 
こういう技の使い手なら、メフィスト賞より芥川賞目指しそうなものだが、
読者対象の年齢を引き上げても書けるよと、直木賞を獲る。

この人は、手の届く範囲の現実を書くんだな。
自分の中の体験を一度切り離して、人物を再構築する。
そして憑依。
人間だもの認知は歪む。歪んだ主観をストレイトに見せる。
冷静ではあるけど、客観的に俯瞰してるだけとは違う。
そこが類稀なる資質。
文章に無駄なく、描写し過ぎず読者に想像させる能力の高さも、同じ資質かな。
自分の主観一つしかカメラを持てない人にはできない芸当。
 
ではあるが、
生きる上ではデメリットもあり。処理する情報量が多いので疲れやすい。
で苦悩しやすい。文学の方にいっちゃいそうだけど、
賢い人なのだろうな、どこで戦うかも合理的に選んでいそう。
 
  
商業作家として長持ちするには、こういう賢さも必要なんだろうな。
クレバーと思う他の例も同時期に読んだ。

官能小説は、五感を刺激するよう行為を極力具体的に記述し、
興奮を説明するのでなく、興奮してる様を描写して伝える。  
読者が期待している満足を提供できるかを常に優先する。

資質なくして成立する仕事には見えない。 
わかつきひかるは文章修行については、相当な努力家だと窺える。
 
一昔前のエロ小説のマーケットは、
 目的が明確なので成果を出しやすい
 競合は多くなく、参入障壁が低い
 大ヒットは無いが、需要はコンスタント
だったと想定され、能力が低くても長期的に成功しやすいとは思えない。
プロットやキャラやストーリーは毎度パターンどおりでイケるかもしれないけど、
演出力や文章力は必須かと。
エロレポートのバイトから始めたという彼女は適者生存。戦略が見事。
 
ただ、近年はWeb小説中心となりマーケットも変化してきていて、
youtubeを見ると、かつての成功体験を手放さないといけない様子。
  
 
力量と生存戦略。
クリエーター世界は厳しいものだと毎度思う。

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