TVerでゴッドタン見てたら、梶原初登場。
「テレビで居場所が無い。」と答えてました。
女帝上沼恵美子さんと揉めてますが、ああなるほど。。
私も切ったつもりないのに、切られたとか、そんなギクシャクもあります。
逆に、
切るべき相手をすっぱり切れなくて、お互いの時間を無駄にしたこと多数。
切りたいのに切るのが大変だった関係もあります。
梶原さん不義理はしてないと思いますよ。
こういうケースイメージが湧くので、
スケジュールの問題はコロナの影響でしょうし、
上沼さんの誤解は、
テレビで居場所ないなーって波動を、嫌々出演してると受け取ってしまったこと。
なんかそういう雰囲気が伝わったんじゃじゃなかろうか。
で、コロナでも配信できるyoutubeには力入れてんのに、
自分の番組には出演の都合つかないって、タイミングが重なって、
不信感が増幅されたのではないか。
生活保護の不正で世間から総スカンくらったときも使い続けてくれた、
ドンに今でも恩義は感じても、
youtuberカジサックとなった自分にテレビの居場所が無いという感覚とは、
また別のことで、
テレビとyoutubeでは文化も演出も違う。
片岡飛鳥がめちゃイケと同じ演出して、youtube界隈で酷評されるように。
テレビのバラエティタレントとしてはどうなんだろう?
そういう葛藤はあったと思うよ。
西の女帝にはキャスティングの権限もあるのだし、
他にタレントは居るのだから、
器の大きいとこ見せて、送り出してあげたほうが、
得だと思うけどなあ。
自分が変わってしまったら、古くなった環境に違和感を感じる。
これは仕方がない。
私はマン・イン・ザ・ミラーの法則と呼んでいます。
旧家族と縁が切れるとき、
会社を辞めるとき、
自分が変わってしまったので、同調できなくなってしまう。
無理に関係を継続しようとしても、何らかのタイミングで、
縁が切れてゆく。
引き寄せでなく、波動の法則が遠ざけとして、出現する。
誤解されることでしか、関係が終わらないなら、
それで終わる。
2000年からのデータしかないのに、1999年の計算したら、エラーとなるのが正しい動作。
結果が例外系ならバグなのじゃなくて、
テストの設計が出来ないから、正しい結果を正しいと認識できないんだよ。
境界値設定とか、「いろはのい」だよ。
これは私の世界では、職業として許可できない。
ああ、マン・イン・ザ・ミラーの能力が発動したな。
そう思ったものでした。
変えられるのは自分だけ、自分が変わると世界が変わる。
会社辞めると決心したら、希望退職募ってくれた経験もあり、
その時と同じ感覚を覚えた。
自分が許可したものしか、自分の世界には入ってこれない。
自分が変わるということは、
自分の世界の境界線が無意識に変わるということ。
潜在意識というスタンド能力なので、自覚できないけど。
きっと誰にでも、マン・イン・ザ・ミラーの能力がある。
切りたくても切れない悪関係って、マン・イン・ザ・ミラーが許可してる。
だから切れない。
なんか罪悪感とか出て、遠慮して別れられない。
この人にマッチング依頼しても、無駄って分かってても。
もうやめてくださいとお願いできない。
それでお互い時間を無駄にしてしまう。
逆に向こうから、自発的にこちらを切ってくれると、ホッとする。
じゃあ、さっさと自ら切り出せよって、我ながら思うけど、、
その決断が出来ないこともあった。
指示待ちくん、マニュアルくん、状況判断能力低い人と関わるのは嫌いだ。
本能(爬虫類脳)のアラームが、死活問題だと鳴るんだもん。
実際これが、旅でも投資でも甘い判断のため死ぬことはあるし。
私の世界に入ることを許可する訳にはいかない。
朱に交われば赤くなる。汚染が目先の損よりも怖い。
本当は殺人ウイルスよりも怖い思考の汚染。
でも、なかなか面と向かって拒絶するの難しい。
存在給を信じることにして、ようやく最近、拒絶することできました。
成果を出して、相手に価値感じさせないと、自分の価値がないように思っていた。
だから、許可すべきでない人にまで、価値を押し売りしてしまう。
入ってくるものは、私の価値提供とは関係ない。
存在することだけで入ってくる。
ベーシックインカムのように受け取っている。
この考え方を自分の世界に許可したら、
「マニュアルくんは許可しない」が、出来るようになった。
嫌なことは一切しないのが、存在給。
快適なことだけ、許可する。
理性(人間脳)で動く、思考や打算は当然で、
感情(哺乳類脳)の感情、罪悪感とか、恩義とかも、超えて、
スタンド使いにならないと。
不快だけども、
とりあえず、人脈は維持したい。
悪意ない他人を傷つけるのは怖い。
理性と感情のブレーキが掛かる。
本当はWin-Winでなくても。
そこを超えないと、マン・イン・ザ・ミラーを自在に操ることが出来ない。
カジサック観て、自己投影。
ゴッドタン出ることになったのもyoutubeに佐久間P呼んだのがきっかけ。
youtubeで駄目なら芸能活動に見切りつけるくらいの覚悟あったんだろうな。
手首切り落とすような覚悟。
当初はテレビみたいなドッキリやって炎上とかしてた。
コロナ自粛中の一人喋りもうまくない。
ただ、聞き手としての能力を存分に発揮出来る環境を得て、彼の人生は変わった。
無理に前に出ない方が、
演出の味付けし過ぎず、素材のちからに任せた方が、
上手くゆくし、その立ち位置が、番組を成立させる。
この世は適者生存だし、
生きる世界が違えば、結局は交われない。
この世の物理法則は避けようがないのだから、
アッサリ認めて、さらりと別れるのが最善と思うよ。上沼さん。
疎な時代になって、ホントに良かったな。
ホイアンで、バックパッカーの会話で彼の死を知った。
バンコクなら、「this is it」を観るタイミングあったなと、ちょっと後悔した。
歌って踊ることを辞めた自分を自分で許可しなかったのかとも、思った。