驚いたのは憶えている。
昨年、直木賞作家が漫画の短編集↓「人生がそんなにも美しいのなら」を出版した。
今は、小説のみならず漫画も描いているのか。
前回の井上夢人と対象的に、荻原浩は寿命の長い作家である。
決め球を磨きながら多彩。ヤクルト石川雅規のよう。
最近小説をよく読んでいるので、まとめて何冊か併せて読み直してみた。
その特徴的な技能と生存戦略に想いを馳せつつ、レビューします。
渡辺謙が映画化した↓「明日の記憶」でブレイクしたのは2004年。
当時から軽妙な語り口で人情噺は上手かった。
2016年(私が小説読まなくなってから随分と後)、
↓「海の見える理髪店」直木賞受賞のニュースを聞いた。
還暦での受賞。今更直木賞もないだろうとツッコミながら、
長編では何度も跳ね返された。それでも腐ることなく、
獲れて良かったねと。嬉しかったのを憶えている。
本来は、「明日の記憶」にあげとくべきだよ。
人情噺の王道、”子別れ”の連作かと。
読み直してみると、持ち味を磨いてブレイク時とは違う評価を得たのが分かる。
そして驚いたのは、各短編の初出である。
2012年12月「海の見える家」
2015年10月「いつか来た道」
2014年01月「遠くから来た手紙」
2012年03月「空は今日もスカイ」
2014年12月「時のない時計」
2015年12月「成人式」
すべて「小説すばる」での掲載。
連作ではなく、バラバラに3年余り。
最初の「空は今日もスカイ」は、
テーマを意図したものでなく、
肩の力が抜けた本来の荻原節で、悲壮な設定にも関わらず爽やかな読後感。
表題作が一番過剰で、
語りの技術を見せることに力が入ってる。ベタがキツい。賛否別れるだろう。
映像や舞台の脚本だったら上手く処理できるかもしれない。(実際にドラマ化された)
最終話に至ってようやく、
奇抜な設定でも淀み無く語り、感情移入させ、遂にホロリと落とす完成形に近づく。
短編でこそ、人情噺の語り手の話芸を存分に発揮。
ブレイクから12年。
ようやく直木賞が、お墨付きを与えた。”短編の名手”という称号。
選評を読んでみると、素材としてはもっと興味深い候補もあるが、
小説の技術が頭一つ抜けている。と、
まあ荻原浩なら当然か。キャリアが違う。当然の評価であろう。
もともと、長編だって語りは上手かったのだけど、
一歩届かないのは、運以外に理由があったのだろうか、
ともかく著者は、自分の長所を決め球にできる居場所を確立した。
前後の短編集も、いくつか読んでみた。現代に至る漫画も。
2015年発刊。”あと描き”に直筆の挿絵付き。
語りの名手が全開で嬉しい。
本来、荻原浩といえばハードボイルドだと思っている。
基本、主人公視点の一人語りでお話を転がす。
そこにズレた現実の可笑しみと哀しみを表す。
最初の「探偵には向かない職業」は、
”まさに、これこれ!”と本領が懐かしく、歓喜してしまった。
活劇も上手いのよ。クールな語り口にコントな設定。
「冬燕ひとり旅」は、曲とコピーとアウトロー気質。
泣き笑いだけでなく、痛快さも大事な決め球。
よくぞ言ってくれた。「夜明けはスクリーントーン」。
設定もキャラも面白いのに、
ストーリーが致命的に残念で、編集者にダメ出しされるyoutuberも居た。
絵が上手いだけじゃ漫画家に成れないといしかわじゅんが言ってた。
トキワ荘の時代から映画の教養は大前提の漫画というジャンル、
他芸に触れるのは大事と落語の師匠も指導した。
物語のインプットが圧倒的に足りないクリエータ(志望)に出会うこと、最近多し。
ゲームシナリオのような小説。現在の多数派。
仕掛けを成立させる駒でしかない人物の記号。
ストーリーはご都合で偶然に頼り。手段と目的が一致しない人だらけ。
何でもアリアリなどんでん返し。モラルなき後付け。
そんな伏線回収は”お前の匙加減一つ”。ツッコミどころ塞いでくんないかな。
もう突然ゴジラが現れて、街を焼き尽くしました全滅エンドでいいよ。
ああ、怒りが止まらない。
大人の鑑賞に耐える作品にお金を落とす大人は少ない。
閑話休題。
漫画でなくミステリー小説の小説「リリーべル殺人事件」。
やっぱ、クリエータは才能ありき。努力では埋まらない。
能力は遺伝子が決める。日常の中に橘玲の痛快さ。
「アテンションプリーズ・ミー」題名からして笑っちゃう。
能瀬慶子ってハマショーだったよなと口ずさんでしまう。
しっかり泣き笑いに、承認欲求ダダ漏れな多彩なキャラ造形が楽しい。
みうらじゅんに救われる人もいる「たけピヨインサイドストーリー」
笑いが起こるステージをちゃんと面白く描く筆力。
テンポよく活き活きと、津波のような爆笑が聞こえる。
漫才師が爆笑をかっさらうシーンとか、
客のウケは描写出来ても、面白さに説得力持たせるのは至難、
その成功例は希少だ。
表題作「ギブ・ミー・ア・チャンス」ラストチャンス。
まさに、面白い漫才が文章で描けるかどうかが、作品成立のカギ。
M-1は本来、10年やって芽が出なきゃ諦めろという大会。
運は人が運ぶという噺。
「押入れの国の王女様」はゲスいテレビ業界と一芸突破のタレント。
ゴリ押しどころか、AVを打診する事務所。
得意の柔道でグラビアタレントがチャンスを掴まんとする設定が秀逸。
ストイックに特技を磨いて、直木賞を手にする作者にダブる。
大外刈りの描写は特に素晴らしい。爽快で哀しくて一縷の希望。
特殊な設定でも、泣き笑いを軽妙かつクールに語り、最後ちゃんと落とす。
”短編の名手”として、もう一度チャンスを掴んだ。
本当によかった。
もう大衆ウケ狙いのアザトさにも飽きた。
そんな作者の声が聞こえてきそう。
奇抜な設定も健在だけど、より語りに特化しよう。
ストーリーの面白さは他の人に任せる。
ゲームシナリオみたいな小説読んでりゃいいよ。
個人的には、伊良部を彷彿とさせるような一番目と、
斎藤和義の歌みたいな、その次が好きだ。時は流れた。
けど、
ずっと好きだった。あいかわらず上手いね。
あの頃が蘇る。新作が出れば買っていた。
で、資質はそのままに、
文章と絵の表現の違い、演出の違いにまで挑む。
“凡人”だから、物語を紡げる。『人生がそんなにも美しいのなら 荻原浩漫画作品集』刊行記念特別対談 こうの史代×荻原浩
荻原 絵も、今のところ文章書くより好きですし、プロじゃないから楽しんでますし。で、凡人でもあるわけですから、ピッタリですよ。俺、漫画家に向いてます。
こうの いやいや、ぜんぜん凡人じゃないですが……でも、漫画を描く人って確かに変わり者が多いんですが、自分で自分を変わり者だと思っている人って、意外とできるものが普通だったりするんですよね。
荻原 わかります。小説家も変な人が多いと言われますけど、あまりに天才だったり鬼才だったりすると、1本すごい傑作を書いてどこかへ行ってしまって、長くは続けられないような気がする。それに、普通に生活をしている人のほうが、やっぱり普通の生活を書き得るんじゃないかと。
創作は、こじらせるほど面白くなる
息長くて良かった。
長編も読んだので、良かった二作だけ紹介。
細部に神宿る。
いつもチャント専門知識は調べた上で書いているので安心だけど、
これは別格。
いちご農家のリアルを詳細に、フラットに、漏れなく描く。
静岡県は餃子だけでなく、「紅ほっぺ」も名物だったな。
三者三様の姉と、一見頼りない長男。
書き分けが上手い。
名のある作家さんでも、長編で会話が続くと飽きてしまう。ことがある。
似たような思考の人物ばかりだと代わり映えしない。飽きてしまう。
語りの名手はそんなことは許さない。
ああ、こういう人いるよね。
そしてやっぱ、青空で終わる。それでいいよ、それがいいよ。
エンタメなんだから、
アートなら個性があればと甘くなるけど、
デッサンが確かでないと読むに耐えない。
RPGでもプレイした方がマシ。
平積みの片隅でいいから。生き残ってくれて良かった。
長編はいつもキレイとは限らない。
上手く収まってないな、と思うこともある。
本作は最初ちょっと中だるみするけど、
逃げモノのアクションの面白さを小説で堪能できる。
そういう畑の小説いくらでもあるけど、映画でもゲームでも名作は多い。
それを折角、小説で楽しもうとするのだから、上手くあって欲しい。
蟲の蘊蓄も楽しい。
イージーなゲームシナリオとは違って、時間とお金払うに値する。
一人語りだから、直接は分からないけど、
結構どんくさいよね。主人公。
登場人物は皆、どこか間抜けなのも好し。
定番のB級ホラー感を楽しむ。山崎貴あたりが映像化したらいいのに。
いやでも、今は小説で楽しみたい。言語からイメージする喜び。
ドラクエのシナリオ書いても達者だろうな、見てみたい。
やっぱり富士山と青空がとても似合うよ。
私も、あの頃の田上よしえ、オンバトで好きだったよ。