チャールズ・バーネット特集「キラー・オブ・シープ」「マイ・ブラザーズ・ウェディング」(ˆ֊  ̫ ֊ˆ)zzZスケッチ力とドラマ演出の一長一短


急遽の上映を知る。
予告編を見て、拘りのデザインな公式を読んで、
これは逃せない貴重なチャンス、と思ってしまった。
チャールズ・バーネットという名前すら初耳なのに、、
そりゃ渋谷でも、
Bunkamuraとは違うオシャレの文脈で、
青山通り辺りでしか、架かりようがないアート系。


この度、早稲田松竹曰く

チャールズ・バーネットの映画には劇的な出来事がほとんどない。

肌の色以前に、
静かなアートな作風かつ、インディのアメリカ映画では、
売れるのは日本よりも更に大変そう。

バーネットは、UCLAから生まれた黒人映画運動「L.A. Rebellion」
を代表する映画作家として知られる。
ハリウッドが作り上げてきた黒人像とも、
1970年代に大きな広がりを見せたブラックスプロイテーションとも
異なる映画を目指した世代である。
 
-中略-
その先でバーネットが選んだのは、
風刺でも寓話でもなく、日々繰り返される生活そのものだった。

スパイク・リーにも影響を与えた作家とのこと。

 リーの「Do the right thing」↑は89年公開で、
 米アカデミーが評価しないのは、差別と当時、物議を醸す。
時代背景を漠然と理解。
  
 
70年代後半から80年前半、初期の2作品を観ると決めた。
 傑作と称されるデビュー作、

1977年に発表された『キラー・オブ・シープ』は、
ロサンゼルス・ワッツ地区に暮らす一家の日常を描いた作品である。

 2作目は賛否両論だった。

続く『マイ・ブラザーズ・ウェディング』では、
視線は一人の青年ピアースへと近づいていく。
両親のクリーニング店を手伝う彼は、
弁護士として成功した兄の結婚を前に、
幼なじみとの友情と家族への思いのあいだで揺れ動く。

充分興味有れば、さっさと観るが正解。
私は初日に高田馬場へ。
一週間限りで、うっかりしたら終わってしまう。
素晴らしくて見逃したら悔しい。機会損失リスクを避けた。
 
さりとて、
 材料不十分、
 人を選びそう、
 寝落ち覚悟で往くかどうか、
迷う特集。
 
判断の一助を目指しつつ、項目分けて語ります。
 
 
 0.予習 
 0.1.チャールズ・バーネットの作風
 0.2.権利関係で公開出来ず
 0.3.ダイナ・ワシントン 50’s-60’sのR&B
 
 1.復習 
 1.1.背景 社会は昭和40年代に似て
 2.2.資質 丁度良いダメな人 

 2.感想
 2.1.スケッチ力
 2.2.素人使い
 2.3.ドラマ演出(ネタバレ有り)
 
 
評価しようと、作劇に触れざるを得ず、
一部若干ネタバレ含みます。  
まあネタバレを、とやかく言う物語でもないのですが。
  
 
   
0.予習
 ”原作は知りませんが”系の偶然は、発生しない特集だろうし。
  どんな作風の監督なのか、
  揉めたとされる音楽は、どんなジャンルか、
 鑑賞前に最低限の確認。
 
 
 0.1.チャールズ・バーネットの作風
  イメージフォーラム上映当時の評から、作風を確認。
  ・イタリア・ネオレアリズモとの系譜

   関係無いけど、ピアノも乙で聴いてしまった。

バーネット自身が認めるように、
本作はUCLAで学んだイタリア・ネオレアリズモ、
特にヴィットリオ・デ・シーカやロベルト・ロッセリーニの影響下にある。
非職業俳優、ロケーション撮影、白黒16mm、
そして何より「普通の人々の日常」への眼差し。
しかしバーネットが撮ったのは、戦後イタリアではなく、
1970年代アメリカの黒人コミュニティだった。
そしてその選択こそが、本作を単なる様式的模倣ではなく、
アメリカ映画史における空白を埋める行為へと昇華させた。

  ・小津、カサヴェテス、アルトマンとの共鳴

批評家たちは、
バーネットを小津安二郎(構図の力)、
ジョン・カサヴェテス(アマチュア俳優からの自然な演技の引き出し方)、
ロバート・アルトマン(人間の些細な交流への関心)と比較する。
これらの比較は的確だ。しかし同時に、
バーネットは誰の模倣でもない。彼は自分自身の声を持っている。

  難しい事は分からんでも、
  良き是枝監督を、粗めのドキュメンタリに寄せたような、と想像。  

  権利関係クリアしていたら、
  映画祭で評価され有名に、という世界線は在ったのだろうか。  
 
 
 0.2.権利関係で公開出来ず
  作品がいずれも、日の目を見るのは2007年以降。
  音楽の権利関係が解消されるまで、上映は困難だったらしい。
   
  日本語の詳しい記事乏しく、
  経緯は、百度Wikiから。

映画内で22曲の楽曲が使用されたため、
バーネットは当初音楽の著作権を取得できず、
その結果、完成後ほぼ30年間にわたり広範な公開ができなかった。
2007年 になって初めて、修復計画を通じて著作権問題が解決された。
その資金の一部は、
映画監督スティーヴン・ソダーバーグの寄付によるものであった。
映画はUCLAフィルム&テレビアーカイブによって修復され
35ミリフィルムに拡張された後、
マイルストーン・フィルムズによってデジタル化された。

  さぞ拘りが有ったのだろうな。
 
 
 0.3.ダイナ・ワシントン 50’s-60’sのR&B 
  50’s-60’s辺りと言えば、私は「父と僕の終わらない歌」思い出す。

  同じオールディーズのポップスでも、
  差別は強烈で、レイス・ミュージックと呼ばれた。
  50年代は、ようやく名称はR&Bに改められた黒人社会の側。
  幼年期のチャールズ・バーネットが、ラジオから聴いたであろう楽曲と想像。
 
  劇中で使われる有名どころ、改めて聴いてみる。
  ・50’s R&B 「Never Let Me Go」 / Johnny Ace

  ・60’s R&B 「This Bitter Earth」 / Dinah Washington

  この時代も、スターダムを駆け上がって挙句、精神が壊れ、
  スターの生涯は、幸せそうには閉じない。
  
  特に「キラー」では、
  公開に当たり、エンデイングを差し替える拘り。
  【20世紀音楽の死物語⑨】ダイナ・ワシントン

1つのことに徹底してこだわり、ゆるがせにしない性格は、
ダイナの歌にはっきりと見られる。
ジャズ史100年、名歌手と呼ばれる存在は多数あるが、
それらの中にあってダイナ・ワシントンが飛び抜けているのは
「集中力」だった。
歌い始めたとたん、彼女は歌の世界に完全に没入する。

  スタンダードらしい忠実さ、崩したりしないイメージ有るかな。

ゴスペル・シンガーだった母親の血を受け継いだダイナは
15歳のときにアマチュアの歌のコンテストで優勝し、
そこからゴスペルへ、R&Bへ、ジャズへと進んでいった人だが、
それはステージに上がって「他人の視線を浴びる」生活が始まり、
続いたことを意味する。

  歌の才能と精神の強度は、やはり相反。

ダイナの全盛期だった1950年代、
街にはあやしげな「痩せ薬」があふれていた。
彼女が使ったのもその1つだったろう。
服用はおよそ20年間、自身の死のときまで続いた。

  そういう例も幾つも。

日々の生活の中でも、ダイナは酒と縁が切れなかった。
酒を浴びるように飲んでは、ダイエットのための痩せ薬を服用する。
これが20年余続いた。
1963年12月14日、結末がとうとう来た。
過剰な酒とダイエットが、心臓発作を引き起こした。
ダイナはあっけなく死んだ。
そのとき、彼女の体重はわずか27kgだったといわれる。

  当時は、マトモな診療も無いだろう。

その生涯はわずか39年で閉じられた。
成人してから20年足らずの間に8回の結婚。

  たしか、CMで歌姫を耳にした記憶が残る。

  一時のロマンスに、幾度も心躍らせたのかもしれない。
  明るい歌詞なのに、哀愁漂う。
 
  差し替えたエンデイングの名曲は、
  反射的にナット・キング・コールで流れてしまうけれど、

  監督自身の郷愁強い作品と予想。
 
 
 
 《 開演 》

 
「キラー」は、
主に少年視点で、
 育った環境と、 
 おとっつぁんの生き様を描く。
散文スケッチで、
治安の悪い長屋ものな佇まい。ビートたけしの足立区が近いか。
  
で、寝落ちしました。
「ブラザーズ」は物語が有り、大丈夫でした。
 
音楽は控えめで、
監督のノスタルジーは伝わりますけれど、
権利関係で揉める必要無く、工夫出来た。
 
なるほど、スパイク・リーとは大違い。
評価は高いが、名前が残らない理由にも納得。
 
詩的アートよりも、ドキュメンタリに寄せる創作なら、
もうちょっとドラマ要素入れても、バチは当たらないのに。(後述)

これだけの映像でも、痛し痒し。
日常系がジャームッシュには、至らない。

 
  
 
1.復習
 感想の前に一旦、ちょっとだけ整理しておきたい。
 
 
 1.1.背景 社会は昭和40年代に似て
  実際の撮影は70’s-80’sで、監督の少年時代も反映。
  本作との比較で、
   ワルい方が前出のスパイク・リーなら、
   ハリウッド的優良は、シドニー・ポワチエ。
   「招かれざる客」「夜の大捜査線」共に67年。 


  描かれるのはスラムではない。高所得でなくても、ちゃんとしている。
  私も、育った環境を思い出す。
  ひろゆきの言う”治安の悪い昭和の北区の団地”くらいだ。

  劇中、意外だったのは、
  核家族なこと。アメリカなのに、アメリカだからか。
   フィリピンなら一族に成功者出れば、全員ぶら下がる。
   とか、
   華僑やユダヤコミュニティのように結束強め、
  などの風土は無い。
  辛うじてバプテスト派の信仰描かれる。(保守的で堅実な両親を描いた。と想像)
  無理やり連れられて、
  資本の論理、産業社会の真っ只中のカリフォルニアは、
  オイルショック頃の日本と親近感も覚える。
  
  悪に染まるの多数でも、
  出来が良ければ、
  医者や弁護士の出世コースで、富裕層へのチケットも掴める。
  総中流意識と言えない分離が起こり始める。
 
 
 1.2.資質 丁度良いダメな人 
  少年期、青年期とも、悪にも優等にも進めない。
  ニュートラルに佇んでしまう。
  バーネット監督には、そんな実感が有るのでしょう。  
  
  おとっつぁんのように、感情押し殺しても、実直に生きるでもなく、
  クリーニング屋を切り盛りする母親のような、やり手でもない。
  もちろん、
  出来の良い兄のように、立身出世は目指せず、目指さず。
  腐れ縁の旧友の悪に付き合うが、染まりきらない。
  
  主人公は実は、一番マトモで、言うことは正論。


  確かに、お金じゃ品性は買えない。
  これが、
  おとっつぁんと同じように整備士として実直なら、
  説得力あるんだけどなぁ。。
  逆に、
  地に足つけて生きてたら、兄の世界とは黙って距離を置くだろう。
  
  優柔不断な主人公の造詣は絶妙。丁度良いダメさ。
  作風そのものでした。

  が、その中で、
   悪に染まって行く幼馴染に、どんな感情抱いていたのか?
  伝わって来ない。
   立身出世の虚栄には批判的なのに、
   マイナス方面に感情は無。ただジャレてるだけ。
  それはバランスを欠く。
 
  同情でも、嫌悪でも構わない、
  無は不自然。機械会的にツルんでいるだけ。
   感情はニュートラルじゃないだろ?
   社会問題に踏み込みたくないから?
 
  そこだけ描かれない。
  それも資質、、
  一部で評価は高いが、有名に成りきれなかった原因かなぁ。
  はがゆい。
  社会派の拒否は好感でも、決定的な欠落に見えてしまった。
 
  
   
2.感想
 それでは、要素別の感想を。 
 
 
 2.1.スケッチ力
  真四角に近い画角に、
  風景は表情のようで、表情は風景。

  類い稀なるセンス。
  粗さは感じさせず、洗練された画作り。 
  
  小津安二郎というよりも、
  先日鑑賞したばかりの市川崑を連想。
  スタイリッシュという言葉が似合う。
  リマスターの効果か、陰影丁度良く、くっきり。
  
  これだけの才能に、
  ”黒人独立系の”という枕詞が付いてしまう。
  勿体無い。
  権利関係の件も含め、座組に恵まれていない。
  アメリカで、この作風が認められるのは大変と、察せられた。
    
  一方で、スケッチだけなら短編で充分とも思ってしまう。
  良き脚本家と出会い、相思相愛なら、
  ヨーロッパで賞獲って、 
  巨匠だったかもしれない。そんな想像も広がった。
 
  「ブラザー」では、物語も入れても、
  映像そのもの程、やはり上手くは無い。
   
 
 2.2.素人使い
  自然に振る舞っているパート、特に子役は、流石と思う。
  が、ドラマらしいセリフになると、そうも言ってられない。

  いい役者さん使うほど余裕もないだろうし、、

  そういう事いうなら、
   セリフ覚えさすのは最小限に、
   シチュエーションだけ説明して、
   アドリブで、自由にさせて、
  あとは、編集で何とかしたとか。

  物語やるなら、是枝裕和の子役使いには及ばない。
  本作は、そこまでじゃない。
  脚本演出編集全て、自分でも、  
  バーネット監督、そこまで柔軟にも見えない。
  才能は限定的なのかもしれない。

  リアリズムの手法とかで、褒めは無理筋。
  今回の2作品を比べて、
  ドラマの為のセリフがより多い「ブラザー」で、下手な箇所は下手。
  ストーリーではなく、スケッチは圧倒的に上手いけれども。
 
  
 2.3.ドラマ演出(ネタバレ有り)
  演出に限定すれば、

  「キラー」は、
   実直に生きつつ、鬱屈した感情は押し殺す父。
   羊のような羊殺しと、セリフ少なく魅せるのは上手いけど、
   飽きさせないように、エピソード配置したい。
  
    生きる闘争心と責任感に欠けた息子を一旦描いたら、
    実は、父親だって、、を見せて、
   までは、判るのだけど、
   眠い。
   長編なら、中心の謎を配置して、興味を持続させたい。
  
   エンタメでなくとも、社会派でなくとも、
   ドラチックに盛り上げなくて構わない。
   ちょっとした謎でよいのに。。
   ’散文スケッチ’にしても、そこは擁護出来ん。
 
   古いイタリア映画にも、
   ”どうなるんだろう?” という展開は有ったじゃん。
  
 
  一方、「ブラザー」は、
   ドラマやる意思は有り、
    刑務所帰りの相変わらずな腐れ縁と、
    優秀で弁護士の兄、
   対比的に描いて、その真ん中で揺れる主人公。
   
   ドラマやろうとするだけに、下手は下手で。
   前出の通り、悪友に対する感情は、しっかり描いておきたい。
   状況をスケッチするだけでは、観る方も気持ちが乗らない。
    同情して、シンパシーが有るのか、
    ほんとはイヤで、義理で関わっているのか、
   
   ドラマ的には、前者で葛藤を盛り上げたい。
   それなら、
   同情すべき理由を客に示さんと。
   金持ち志向への嫌悪は描けて、片手落ち。

   ドラマ作りは苦手と、断定せざるを得ない。
   全てがスケッチだと、クライマックスの盛り上げは、、
   緊張感溢れる切り替えは、もっと出来たよ。
 
   編集の問題かもしれないけれど、
   お世辞にも上手いとは言えない。
 
  撮影監督ではなく、脚本と編集も兼ねては、
  アメリカでなくとも、名を残すのは厳しいかな。
    
 
 
手放しで称賛は、出来ないけれど、
映像は気持ちいい。
厳しい現実を描いているにも関わらず。
こんな才能も居たのだと、興味惹かれたら、
稀少な機会です。
  
  
 
差し替えたエンデイングもリマスターで。  

社会的な文脈でなく、
70’sアメリカインディシーンに、
こんなオシャレな映像作家が居たと、憶えたい。 
 
 
 
2026.07.05現在
 20MA割り込み、一直線に下落かと身構えたら、
 前日の陰線否定の盛り返し。
 翻弄されてしまいました。
 
 支持線を割ったので、
 月曜からも、下落を軸に考えたい。
 大きな動きは、W杯後だと思いますけれど。

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