松竹ヌーヴェルヴァーグ三羽烏と呼ばれた頃の大島渚を、
スクリーンで鑑賞出来るならと、
逃さず、連休の昼は神保町シアターへ。
実際のロケと、現地にオープンセットを組んでの撮影。
私も、エリアを想像しながら観た。
黒いおでんに、安いうどんは懐かしい。
関空の離発着では、安宿によく泊まった。
本作は、スラムに生きる半グレの若者群像劇で、
素人を抜擢するのも得意な大島監督は、
あんまり演技には拘らない。
それはそれで、構わないのだけれど、、
大阪弁にネイティブ感が足りない。(関東で育った私が言うのも何だが)
ラスト伴淳のセリフで、”同じような焼け野原” とあるが、
あんた京都で、空襲無かったじゃん
京都を舞台にすればいいのに。
松竹に、京都の暗部を描くのは無理か。
大阪らしさ、
逞しさ、えげつなさ、感じられず。。
津川雅彦も京都の人。(マキノ家由縁)
歌が上手過ぎて、、ささきいさお本職はソッチと思ってしまう。
抜擢した戸浦六宏に、佐藤慶、小池朝雄は、さすがの存在感でも、
言論人は暴力が苦手で、貧富の差も痛感してない。
必死に生きる切迫感が感じられず。
大阪の河っぺり、同じ昭和30年代なら「泥の河」↑連想し、
リアリティが歴然だと、比べてしまった。
売春のみならず、売血や背乗りも描くのは、
実際に、釜ヶ崎を取材しての脚本ならでは。
しかし、
「肉体の門」(清順版でなく)マキノ雅弘版が元ネタと想像され、

大島渚は、少なくとも、この時点の大島渚は、
暴力も貧困も、描くのは得意じゃない。
60年代安保闘争の頃の、京大で暴れるインテリ左翼のまま、
観念的。
身体性を伴った表現に至るのは、
独立プロ立ち上げて、
五社協定という、村社会の掟に阻まれながら、
カネの苦労も身に沁みてこそ。
我が事としての怒りでなく、まだ第三者的。
次の作品は、「日本の夜と霧」
当事者として60年代安保闘争を描いて、公開4日で上映中止に。
松竹と揉めて独立。
閉鎖性への怒りが本物なのは、これから。
社会制度の理不尽に抗う秀作を発表するものの、
制作費捻出が叶うとて、配給ままならず、、
ATGとの提携と、
TVのドキュメンタリに活路を見出し、
映画人としての命脈を繋ぐ。
閉鎖的な社会の掟と戦う姿勢は変わらず。
我が事として、身体性を獲得するのも、
マキノ雅弘と同じく、独立プロの地獄を味わってから。
と想像してしまう。
すると、
ロマンポルノ方面から、フランスに渡りが着いて、

個の身体性の表現も自家薬籠として、世界の巨匠と活躍の場を得る。
一方国内では、
ガサ入れ、起訴され、7年の裁判の末、無罪を勝ち取る。
ポーズだけの反権力とは違う、リアルファイトの人。
「太陽の墓場」は、未だ覚醒前夜。そうスクリーンで観た。
世界的評価定まり、「戦メリ」で話題の後も、
音楽は、キャリア最初から、ずっと坂本龍一だったら良かったのに。
原作有るらしいけど、元ネタは明らかにデビッド・リーン。
「戦場に架ける橋」(早川雪洲)+「アラビアのロレンス」
ボウイはまんま、ロレンス(ピーター・オトゥール)で、
金髪碧眼の穢れ無き、中性的なホモセクシャル。
閉鎖空間で、”掘られた”話は「ペリリュー」でも描かれるが、
当時、旧軍の暗部とされ、タブーだったらしい。
大島渚の確信犯的企ては、スルーされつつヒット。
それからは、
ハリウッドで活躍した早川雪洲の伝記映画の為、金策に追われる。
”バカヤロー”のおじさんとして、TVタレントとしても人気を博すが、
それも、映画の為だったと、私も今は知る。
早川雪洲の企画を断念し、代わりに「御法度」にGOサイン。
10年余りのブランクを経て、いざ制作というときに、
怒り過ぎも祟り、脳の血管が切れる。
そこで、
古巣の松竹も支援約束し、
執念のリハビリを経て、ようやく京都へ戻る。
監督は、出演の崔洋一、北野武の助力もあり完成。
この作品も、閉鎖空間にホモという異物。
モラルハザードで組織崩壊から滅亡までを描く。
終身雇用が吹き飛ぶ、バブル崩壊の日本社会に似て。
あるいは、
ジャニーズ的芸能界を予見したのかもしれない。
とgoogle先生にも教わるのだが、
賛否はまちまちで、
日本社会への怨念は、伝わらなかったらしい。
様式美と松田龍平の抜擢が話題の中心だったらしい。
”社会批判なら偉い”派は、常に正鵠を射ない。
ステレオタイプの思考ほど、属する同質社会の一員なのに。
独立の闘士は、長きリハビリ生活の後、生涯を閉じる。
マイク友達の野坂昭如とよく比較もされ、
同じく文化人枠で、お茶の間を賑わしたけれど、
政治家に転身するのと、
生涯映画人であった人生は同列に語れない。
小山明子夫人は、苦労しっぱなしだと思うのだけど、
小山明子、昨年肺がんと心臓病を治療 現在90歳で週1プールに美容院、月1のネイルやエステも欠かさず【徹子の部屋】(写真 全2枚)
https://t.co/orhl5zBtKR
#小山明子 #徹子の部屋— オリコンニュース (@oricon) August 4, 2025
夫婦とも、人前で苦労は見せない。
京都人らしいと思う。
スクリーンで観た大島渚は、まだインテリ左翼のままだなぁ。
身体性の覚醒も、閉鎖的社会とガチの格闘も、
これから。
わざわざ地下鉄に乗って残念なので、
松竹飛び出して最初の作品「飼育」、アマプラで鑑賞。

言わずと知れた大江健三郎ですが、
閉鎖社会への呪詛が鬼気迫る。
疎開して、肩身の狭い思いを相当したのだろう。
これを、、地方の映画館で公開してもねぇ。
ま、
東京だろうと、
オレもオマエも、この理不尽な均質社会の構成員なんだ
という矛先が自分に向く、その叫びは伝わらなかった。らしい。
もうちょっとだけ、項目に分け。
1.長回しと一絡げでも マキノ雅弘が源流
2.松竹飛び出してビフォー・アフター
3.身体性、暴力性は性に向かう
※ネタバレしてない。と思う。
1.長回しと一絡げでも マキノ雅弘が源流

アマプラで確認↑して、
マキノ雅弘の影響が強いと、私は観ている。
”長回し”と、十把一絡げに扱われてしまうけれど、
全体を見やすく、流れを止めず、視線が移動してゆく。
精密さより滑らかさ、かつ奥行きの中にも高低差を感じさせる。
フォークボールに近いか。
そして、寄るところで寄る。顔の演技もさせる。
まだ「太陽の墓場」は、ぎこちなくても、
「飼育」では子役もスムーズ。むしろ上手い。
三國連太郎なので、当然とは言え、
ムラ社会の嫌な処をコレでもかと。
身内を頼った子供時代の世知辛さも、
閉鎖的な映画界への憤怒も、
ドス黒く描く。
ここからは、現実と戦っている。
現実的な思いが乗って、
粘着と滑らかのバランスが整ったと、配信の方は拍手。
「太陽の」方は、
あのカメラで現実味感じられないと、白々しくて感情移入出来ない。
マキノ雅弘の撮影手法に、
憤怒と怨念が重く乗ってこそ、大島渚。
今回改めて納得。
2.松竹飛び出してビフォー・アフター
これから、
地獄のような独立プロの金策が始まるんだと、
配信の画面から、緊張感伝わる。
思わず、ニヤけてしまった。
これから一生、社会の掟と戦う映画撮るのだもの。
大手から給料貰い、
五社協定というカルテルに守られては、
説得力が無い。
カネが命より重い現実を生きてこそ、鬼気迫る画作り。
クリエータの業を生きるのは、これから。
70年代の独立系とは、息苦しさが全然違う。
60年代は、ムラ社会と戦い続け、
70年代は、
世界にも繋がり、自由な風も感じると、
今度は、
表現の自由が許されない窮屈さにも、結果的に軸足を移す。
80年代に入り、
AVの登場で、村西とおるの時代となっては、
今度は、閉鎖的組織の性的タブーに挑む。これまでの作品が融合。
その後、結果論だけど、
ファッショナブルな消費か、
旧態然のステレオタイプな見方か、
自らに矢を向ける怨念は、スルーされガチ。
2000年の声を聞くと、組織の崩壊も描いて、
終戦。
3.身体性、暴力性は性に向かう
アクションは相変わらずでも、
「飼育」になってから、性的な暴力性の表現は格段に違う。
三國連太郎だからでもあるが、不穏さがレベチ。
記号的な悪ではなく、内面から浮かび上がる欲望。
空理空論の人だったのに、
性的な方向で、身体性を獲得したんだ。
黒人も少年も、ヤギの乳を飲むシーンで、
感動しました。まるで別人が撮ったみたい。
個でも生きる。と社会への反逆が、漸く対になった。
これじゃないとね。
旧立憲議員の、与党批判と自分のカネは別。のような、
説得力無い、意図しない悲喜劇になって鼻白む。
是枝裕和、濵口竜介など、
名声獲得後の社会批判が軽く見える如く。
リアルな説得力の違い。
大島渚の場合、
性的な表現からフィクションでも開花したのだね。
「飼育」で、納得。
暴力的なエロス漂う。ちゃんと生々しい。
と、覚醒以前の作品を観て、若干不本意でしたが、
今後、独立以降の大島渚を楽しみたいと思った次第。
2026.09.23現在
2σタッチで反転かなぁ。
連休明けに、良いところで売り玉建てたいな。
