ども、スラバヤに着いて、夕方宿にチェックイン。
土地勘もないし、タクシー使う。
安宿街というものがあるのかどうかすら分からず、
ネットで宿は予約とっておいた。エアコン付きだが、
ネット割引のため、普段とあまり変わらない。
さて、お腹も空いた。朝ラウンジで食べたきり、
今日は近場で済ましてしまおう。
宿の近くに居酒屋発見。
日本人はスラバヤ少ないというが、こんなところに。
入ってみると、日本のビジネスマンで結構賑わってる。
今回は敢えて積極的に、日本食店に入る。採算度外視だ。
日本との関係がいろいろ分かる気がする。
ビールにやっこ、美味しんぼで、間を持たせながら。
豪華弁当を待つ。
あー昨日は、海原雄山みたいに激怒して店立てば良かったかな。
豪華弁当は、天ぷらと牛肉大和煮(?)のハーフアンドハーフ。
必ず天ぷらを頼むのは、
アジアでは固い天ぷらが出てくること多いから。
さっくりしてたら、他の料理も大丈夫。
目安としている。
やや固めのキライはあるが、まあ、合格点挙げてもよいであろう。
(海原雄山風)
牛肉は焼肉っていってたけど、
味としては、大和煮が一番近い表現じゃないかな。
ちゃんとした味だったよ。
インドネシアでは豚肉はありえなくて、
代わりに牛。他の国では大抵パサパサだが、
この国では、「ぎゅう」という感じの食用な牛。
ハンバーガーとかでも、他の国より心持ち旨い気がする。
ちゃんとした味で満足なんだが、もうちょっと食べたい。
もいちど、メニュー要求して、迷ってると、
店主と思しき、インドネシア人のおじさんが、
クーラーボックスに入った鯵を見せる。
仕入れたばかりだという。
確かにいい鯵だ。お作りで?
ヤクという。
いちげんさんなオレに、オススメを勧める。
ああ、そういうことも出来るんだと、ちょっと驚いた。
ジャカルタの日本食屋の接客にうんざりした後だけに、
余計、アップダウン激しい。
ワタクシは素直なので、一尾チョイス。
そんなに流暢ではないが、日本語で話すとこ見ると、
こちらの日本食屋で修行してから独立したのかな。
焼きは多少時間かかるので、
しばし、美味しんぼで時間潰す。
で、鯵の塩焼きの登場。
惜しむらくは、もうちょっと脂乗ってると、完璧なんだが。
それでも、身が詰まってて、濃い味わい。
惜しむらくは、この店は日本酒置いてない。
仕入れルートとか、難しそう。
ビールでは、ちょっと味が強すぎて、邪魔しちゃう。
アルコールなしで、完食。
美味しゅうございました。
甘いものはメニューに無いので、
梅干しと日本茶で締めた。
(デザートにフルーツは出るんだけど。)
チェックしてもらうと、約2000円、
あのジャカルタの店と同じかよ。
満足度はエライ違いだ。
海に囲まれてるし、
食材豊富。調達もベトナムより容易なんだろう。
確かに、クオリティ高めだ。
フルーツだけはベトナムの方がいいと思うけど。
まあ、兎にも角にも、
昨日に比べ、店の雰囲気からして違うし。
マニュアルライクではない、自然な接客。
昨日は食べ終わった傍から、食器下げていった、
リラックスしたいのに、余韻もなく、せわしないこと甚だしい。
呼ばれたり、次のメニュータイミングで、チェンジするのが、
本来のサーブであろう。
ちょっとした気遣いというか、
客とのコミニュケーション、タイミングと邪魔しない距離感。
ハッキリ言って、日本人経営より上。
ディフェンシブなマニュアル対応か、
素の無愛想しか、出来ない日本人経営。
ホスピタリティはインドネシアが上なんじゃないの。
看護師受け入れの話、昔書いたことあるけど、
フィリピンが一番で、次がインドネシア。
タイでは、看護師はキツイんじゃないか。
ベトナムは論外としても。
ま、店でスタッフ呼んでも来ないのが、標準だもの。
閑話休題。
インドネシアのホスピタリティは脚光を浴びる価値があると思われる。
資源豊かな国だけど、それも立派な資源ではある。
ま、日本語の引っ掛け問題をテストで出す国では、
どんな意味を持つのか、分かんないけどさ。
それと、いつ枯渇してしまうかも知れない。
グローバルな資本主義の波がこれからもっと襲うと、
マニュアル主義も跋扈するだろう。
インドネシアのホスピタリティは生き残るだろうか。
あのジャカルタの店のように、
マニュアルどおりやらせりゃ、店主は客に挨拶もしなくていいと、
もう日本人は思っている。
あのおっさんのレベルが今の日本の「おもてなし」かも知れない。
日本人が思うほど、
総てにおいて日本が優れているわけではない。
という好例であろう。
サービスは得意だったはずなのに日本。
それはさておき、
最初ホーチミンに視察に訪れて、入った日本食屋で、
冷奴の周りを葉っぱでデコレートされ、
これでは豆腐が主役にならないと激怒してしまった。
今では、あの葉っぱは、
フォーやバインセオに沢山入れて食べるようになった。
その後飲み過ぎて、記憶を無くしてしまったんだった。
同行した友人には迷惑を掛けてしまった。
あれから5年が経ったのか、
随分昔のことのようでもあり、昨日のことのようでもある。
何はともあれ、今は精神的に大分安定してきている。
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