岸田政調会長「党員投票が望ましい」で目的論思い出した。 「稼げてない、お金ないから死にたい」は本当は別の理由あるんじゃないかと。

居酒屋でテレビ写ってて、テレビは盛んに党員投票を押してました。
岸田さんや石破さんの支持なのか。やはり。
(別に岸田さんの主張が悪いとは思ってないが、)
 
あっと、この時ひらめきました。
「稼げてない、お金ないから死にたい」は本当は別の理由あるんじゃないかと。
 
幡野さんの悩み相談今回素晴らしかったなあ。 
生きたいのか死にたいのか、本当はどっちなのか考えたほうがいい
https://cakes.mu/posts/31478

相談文に書いてないから、死にたい理由を深堀りしても、無駄かなあ。やはり。
 
今回は特に、幡野さんの自由意志を尊重して、
そこより介入しないスタンスの方が、優れてるんだろうな。
 
ま、
自民党のことは自民党が決めりゃいいし、どっちでもいいし、
結果が変わるとも思えないけど、
それはさておき、
 
自分に有利な方式を主張して、それから理由は後付け。なんでもアリアリ。これが目的論。
これを見せかけの因果律という。らしい。
対して、先付けを原因論って言うんだよな。
と、ふと気づいた。
(別に岸田さんの主張が悪いとは思ってない)
 
 
なんか変だなって、思ったら、
説明を鵜呑みにせず、なんの目的でこれ主張してるか、考えるんだった。
そんなこと思い出しました。
 
 
 
いつも読んでる悩み相談、今回はアタリだった。
ああ、アドバイス求められたら、その結論が正解か、気づかなかった。
生きたいのか死にたいのか、本当はどっちなのか考えたほうがいい
https://cakes.mu/posts/31478

 3月に保育士の仕事を退職して、現在は無職で57歳の独身女性。
 誰とも会話をせず暮らす。
 税金など払いながらも、無収入。

 消費するだけの毎日に、生きている価値はあるのだろうかと。
 お金が無くなれば、更に生きている価値はゼロと考える。

 お金がなくなったら死にたい。

まあ、生きてる価値と、「消費するだけ」「お金がない」は関係ないよな。
なんだこの思考。
へんな思い込みに反論して終わるのかと思いきや、さにあらず。
 
  
 自営なので、相談者より働くことにも、経済にも、明るいが、
 だからと言って、その思い込みを論破してもマウンティング取るだけのこと。

 お金は稼ぐより消費や投資するほうが尊い。
 使って経済回す方が世のため(右肩下がりの日本経済なら尚更)。
 (と思い込みの矛盾は指摘。)

 死にたい理由が、
  収入の不安と、
  社会と接点のない孤独と、
  自己重要感のなさ。

 なら解決策は、働くのがベストだけど、それが無理なら、
 生活保護を申請しましょう。
 日本じゃ労働信仰根深いけど、偉くないです。
 働けないなら行政頼って、消費して経済回す方が偉いです。
 ボランティアや軽めのパートなどで社会との繋がり取り戻せます。
 
 
 
と、ここまでは普通ですが、ここからがイイ。
幡野さんは自殺は自由意志の権利だからと止めない。その前提で、
 
 死ぬなら、税金払ったり、ちびちび消費したりしないで、
 パーッと豪遊しちゃいましょう。ケチケチする意味ないもの。
 
 生きる方に気が変わったら、その時点で生活保護受けましょう。
 
 結論は、生きたいのか死にたいのか、ハッキリさせるのが先決。

 
そうだよな、
死ぬのに、
 ちびちび吝嗇してんの意味ないし、
 律儀に税金払わなくても、もう罰せられない。
 
変な思い込みにつられて、それを正そうとしてしまいガチだけど、
そこじゃない。
方針が曖昧だから、行動が非効率で矛盾してる。
今の状態でそこが一番ヘンだよね。
 
私は気づけなかったが、相談文の範囲では、ジャストな回答。
 
「消費するだけ」「お金がない」だから生きてる価値ない。
という思い込みはやっぱヘン。
 
うーん、ホントは違うんじゃないのかな。
 
変な思い込みを死ぬ理由にしてるけど、
死にたい理由は別にあるんじゃなかろうか、
 
本当の理由に向き合いたくないという目的のために、 
変な思い込み持ち出したんじゃないかな。
 
退職に至る過程で、無力感や孤独を感じる何かコトがあったとか。
ショックな出来事が他にあったんじゃないかな。相談文じゃ分からないけど。

目的が先で、その理由を選ぶのが、目的論だもの。
翻牌待ちな感じが、テレビ観てて連想された。
 
 
 
いやあ、私も出来れば、ちょっと働こうかなと、
やっぱ暇だし。
 
だけど、外側に関係なく、
内側から満たさないと、満足は得られない。
だから、「断愛」、「断稼ぎ」して、
自分を満たすこと習得するのに、最良なんだよね。
働かず、人とも会わないこの次時期って。
 
   
元親と縁を切ったので、その激痛が走ったり、
成長なき奴隷労働で働くことの虚無が襲ったり、
それら触発されて過去のいろんなこと思い出したり、 

ああ、
断愛して、存在給で生きないと、もう人生変わんないなと、
内から満たさないと救われないって直感で分かった。
 
57歳の独身女性のような変な思い込みはないし、
自ら死ぬ気はサラサラないけど、
いろんな辛さに向き合って、手放してゆくのに数年掛かってる。
 
東京じゃなければ、外側の景色に興味惹かれて、集中出来なかったかもしれない。
一つ宿題クリアしたので、働いてもいいんじゃない。
 
 
ちょっと境遇が似てるので、余計に気になってしまった。
失意→受容→回復って、プロセスたどるけど、時間かかる。
きちんと休まないと、心が回復しない。
 
 
上手く行かなかったのは、信じてることが間違ってるから、
昭和な労働信仰ではなかったが、
働くからには、成果上げなきゃ価値がないと思っていた。
 
ああ、なんか投影してしまった。
 
これ読んだのずっと昔な気がする。 
 
自分を許して、そのままを受容。憎んだっていいんだよ。

 

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