佐久間Pに薦められて「コブラ会」観る「白い巨塔」みたいだった。 良い人は始末が悪いので、「鏡の法則」のヤバいとこ思い出す。


youtubeでシーズン2まで全部観ました。面白かったです。
内容は、↓に総て書きつくされてます。
『ベスト・キッド』34年後描く続編『Cobra Kai』 成功要因の「カニと修造理論」
https://kai-you.net/article/64576

 いじめられっ子のダニエルって、それほど、いいヤツって訳でもなくね?
という気づきから、出発したのが秀逸。
 
 オリジナルの配役をそのまま演じさせることに成功し、
 
 当時と現在のアメリカの世相を背景に織り込みつつ、
 親子や家族の問題を描く脚本。
 
佐久間Pが薦めるわけです。
 
 
個人の感想としては、
「白い巨塔」と同じ対立構造だと。
背景が、
 大学病院という官僚組織の権力争いなのか、
 父と子の確執なのか、
の違いありますが、
 
イチローの発言思い出しました。

東教授親子(石坂浩二、矢田亜希子)や、里見助教授(江口洋介)は、
一見善人風だがタチが悪い。ずるい人。 
いっそ財前教授(唐沢寿明)のように悪人と自覚して貫く方が潔い。
 
ま、良い人って、お手軽な自己保身で、
返り血を浴びる勇気はないです。
 
 
ダニエル君は、
 センセイ同士でいがみ合ってる結果、
 エスカレートして、大惨事なのに、責任感じてない。
なかなかの善人ぶりです。
自分が善人だと思ってるからタチ悪いです。
 
悪いけど、アナタの娘さんも、そんなに善人じゃないよ。
ビッチが蒔いた種だもの。
  
被害者のときに、ちゃんと被害者できないと、
そうじゃないときに、被害者ヅラしちゃうね。
 落書きされたときは通報して、
 道場荒らされたときは被害届け提出してしない。
犯罪は社会の問題で、道場間のいざこざの範疇じゃない。
処理を誤るのは、葛藤に没入してるから。
 
 
 
教訓は、残心がないと、グダグダで火の粉を払えない。 
でしたね。
 
先手必勝、全力で躊躇なく打ち込む。がコブラ会のスローガンでしたが、
ジークンドーの石井東吾先生とか、
間合いに入ったら、急所を速攻で狙って、まさにそれじゃん。

 
本来コブラ会のスローガンは、武術の世界では普通なんでしょう。
問題は、躊躇なく打つを拡大解釈しすぎなのと、
残心がないこと。
 
残心が無いから、相手を戦闘不能に追い込まないと気が済まない。
勝ったと思ったときが一番スキできるんだから。
 
一本取られた方が直後に殴り返して、KOした。
このとき、KOされるのは、残心ができてないからで、
一本の宣言で油断した方のミスだからKOは有効と、
たしか、昔大山倍達は裁定してたような気がする。
 
倒しても、次の戦闘態勢に戻り、警戒を解かない。
それを教えない格闘術は欠陥だよ。
まるで戻りのスローなサイドキックではタックルの餌食みたいに。
 
情けの問題で処理しては現実には生き残れない。
だからといって、
全て殲滅しようとしては、いずれこっちが燃え尽きてしまう。
 
 
 
対処するポイントが適切でないと、問題はこじれる。ほんとは解決しなくてもいい。
そういや「鏡の法則」って、善人風で危険だと思い出した。
 
コメント欄に納得です。

私は近親姦被害を受けた者です。しかもどうも私の場合、重度の被害という事のようです。
ましてその親はスピ系の抽象的教えを逆手にとって、生涯に渡り執拗に関係を要求してきた親でもあり、
 <中略>
しかし、「ゆるし」という事でいつも躓き、そのたびに、私の周りにはいつも波風が渦巻く人生になっている事の呪縛は消えません。
 <中略>
ただ、この処、父を許せそうと軽やかに思えていた事をブログなどに綴っていましたが、
それら軽やかな気持ちはすっかり消え、
体中に蕁麻疹が出るが如く、キモチワルクなりました。

 
情けをかけるかどうかの前に、チャント残心教えるのが先。
 
 
「鏡の法則」が残心を教えない空手のようにヤバいのは、
・のエピソードは都合よく行った例を万物に当てはめていること。
 他人の気になる点は、自分の中に意識してることがある。
 そこまではいいですけど、これって、アンカリングとかカラーバス効果とか言うもので、
 
 赤色に意識してる道行く赤い車が多く気づく。
 意識しなくなれば、赤い車が多く走ってないと感じるけど、
 そもそも赤い車の割合に変化はない。意識の問題。
 
 そりゃ、
 会社のストレス子供で晴らすような親なら、
 親の意識で、子供変わるだろうけど、
 全てがそうとは限らない。

 原因と結果は、因果関係あるかもしれないし、
 タダの錯誤かもしれない。
 
 私は、あれで感動しません。半沢直樹も無理です。
 あれで情動のちからで納得させちゃうの危険。
 されちゃう方の危うさに警戒を解かない。
 
 
・強引に問題を解決しようとしてること。
  最初に相手と距離をとる。警戒する。 
  それから、
  ノートに書いて、過去の辛かった感情を認め昇華してゆく。

 ここまでは、いいんですが、
  感謝とか、自らの謝罪とかやらせようとする。
 
 やらなくていいです。 というか、やっちゃだめ。
 感謝も贖罪も自ずから湧くもので、強制するものじゃない。
 無理に反省させると犯罪者になります。
 
 ゆるしは、自分の内面の過去の感情を解放することで、
 現実の対象については、残心のままです。
 
 赤い車に意識が行かなくなっても、赤い車の走る割合は変わらない。
 因果律を独断で判断するのは油断です。
 安易に現実への結果を期待しない。それが残心。 
 コブラ会でもそうですが、毒親は毒親。
 
 その上で、反芻がなくなって、
 逆に、
  良くしてもらったこと、
  もっと良い対応しときゃよかったこと、
 思い出したら、その感情も祈ればいいです。
 無理する必要はない。回復の途中なのだし。
 
 
 
著者の野口さん、
全体的には良さげなのに、ところどころ不自然なのは、
解決を急ぐからですよね。
善人でありたいから、簡単に解決して欲しいんですよね。
それ、こじらせるよ。
 
現実世界のことは、解決するかもしれないし、しないかもしれない。
解決するときは、現実世界が勝手に解決する。
嫌なら逃げればいいだけのこと。現実とは闘わない。
 
距離を取る相手には、感謝しても残心。警戒は解かない。
 
内面の問題である、反芻の苦しみから解放されることだけでいい。
相手含め、現実世界は現実世界の仕事。私の仕事ではない。
 
 
復讐するは我にあり。の我は神様のこと。
オレの仕事は通報まで。

同じように、解決するは我にありで、
距離を置く対処と内面を整えるところまで、
 
 
問題は解決しなくても、実は誰も困らない。
コブラ会も、残心教えて、問題は放置しとけばよかったのに。
無理に解決しようと、いじって、結果煽っただけ。
 
いじると刺激して、大きくなるだけ。
紺野ぶるまが、そんなこと言ってた気がする。

毒親の嫌な記憶(反芻・フラッシュバック)解消します 縁を切っても残る過去の悪感情を手放し、スッキリ今を生きるまで
 

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