「エルミタージュ幻想」劣等感と絢爛と( º ロ º )!ロマノフ朝300年とタルコフスキー比較


上映はあまりに限定的で、


急いで観よう。日曜の夜予約。
 
世間の評は一旦、確認しておいた。
 最低限の予習は要る模様。
 本物なので凄いらしい。
 90分ワンカットの意匠は賛否あり。

どうやら、 
ストーリー追っても意味が無いようなので、
ネタバレ気にせず、ガッツリとした解説探す。
 うーん。真喰ったのは見つけられないな、、
  
分からない事が有っても、
エルミタージュの美術を鑑賞してりゃ良し。
と割り切るのが正解らしい。  
映画製作者が教える不思議な時間旅行の楽しみ方

ロシアの歴史や美術に詳しくなくても、この映画は楽しめる。でも少し映画のシーンの背景を知っていると、より深く味わうことができるはず。そこで『エルミタージュ幻想』のロシア側プロデューサーのアンドレイ・デリャービンさんに、映画の見どころなどを教えてもらった。
 
-中略-
歴代の3人の館長が登場するシーンでは、現在のエルミタージュ美術館の館長であるミハイル・ピオトロフスキーさんが、自分自身の役で出演しています。他の2人はすでに亡くなっていますが、そのうちの1人がピオトロフスキーさんの父親です。父親が息子にこう問い掛けるシーンがあります。
「お前の電話はまだ盗聴されているのか?」と。すると息子は、「そんな話より、猫の話をしようじゃないか」と答えるんですね。
ここでなぜ「猫」が出てくるのかというと、エカテリーナ時代から、ネズミが絵をかじらないようにするために、エルミタージュではたくさんの猫を飼っていたんです。ネズミがいなくなった現在でも、伝統に従ってエルミタージュの従業員がお金を出し合って、猫を飼っているそうです。

そんなエピソード、分かるはずないよ。
とりあえず、 
ピョートル大帝がペテルスブルクを建設、首都とし、
エカテリーナ2世は戦争拡大しつつ、帝政ロシアは隆盛。
(主に没落貴族から)大量に美術品を蒐集。
王宮がエルミタージュ美術館の前身となる。

そこからスタート、レーニン革命まで。らしい。
 
途中、ペルシャ使節団の謝罪が描かれると。

ロシア政府はグリボエードフ殺害に激怒して責任者の処罰を求めたが、
シャーはこれに対して孫のホスロー・ミルザを中心とした使節団を派遣して謝罪した。

ああ、イランはあちこちにボコられるが、ロシアも然りだった。
 
そして遂に、
アナスタシア伝説

1918年、ロシア最後の皇帝となるニコライ2世は、革命軍により監禁され、一家もろとも暗い地下室で惨殺されたのです。
しかし、その中で奇妙な噂が人々の間に広まることになります。
「一家の第4皇女にして、末娘のアナスタシアだけは惨殺を免れ、
今もどこかで生き延びている」というのです。
この噂はやがて、
アナスタシアを名乗る謎の女性の登場という一大騒動にまで発展し、
今なお語り継がれる歴史ミステリーとして記憶されています。

ロマノフ朝滅亡で終劇か。
しかし、どうしても、
この史実は挟まねば、気が済まない。
ヒトラーのレニングラード包囲網

ドイツ軍はソビエト連邦第2の大都市レニングラード(現・サンクトペテルブルク)を900日近く(872日)にわたって包囲したが、レニングラードは包囲に耐え抜き、後にスターリンによって英雄都市の称号が与えられた。この包囲戦の死者は市民で95万人と言われる。また死因の97%は餓死と言われている。

ナポレオン侵攻はモスクワで、ペテルスブルクは無傷だったのか。。
ロシア史の知識はこの程度で大丈夫そう。 
 
それから、おフランス人の狂言回し役をチェック。 
アストルフ・ド・キュスティーヌ

1839年、キュスティーヌはロシアを訪れた。ほとんどはサンクトペテルブルクで過ごしたが、モスクワ、ヤロスラヴリにも足を運んだ。
キュスティーヌは、ロシアのことを、魂はアジアだが、それをヨーロッパで覆い隠していると嘲った。サンクトペテルブルクも、自然発生的な歴史の産物ではなく、たった1人の人物によって創造された町だと非難した。その一方で、キュスティーヌはモスクワの建築物を愛していて、首都がこの古都に移されるならばロシアは偉大な力を持つだろうと言った。
キュスティーヌの嘲りの大部分に、ロシア貴族およびニコライ1世は態度を保留した。キュスティーヌは、ロシアの貴族社会について、「ヨーロッパ文明の虚飾は十分だが」としたうえで、「洗練された人間になるには十分とは言えぬ」野蛮さによって損なわれていて、「あなた方を望み通り野生動物にする、訓練された熊ども」のようだ、と言った。

エルミタージュ美術館を紹介するのに、疑問は残る。
 なんで、この人なんだろうか?
スラブ系をアジアとは言わないよ。
アジア人の私は、アジア蔑視に反論したくなるし、
フランスの鼻持ちならない中華思想の極みである。
 
因みに、
本作の”ヨーロッパ”とは、
 主に、ベルリンの壁より西側のことらしい。
 西ローマで、カソリック(正教に非ず)。
 ゲルマン民族が移動した土地。
の事みたいただと、
鑑賞中に勝手に理解した。
東欧の文化や、ギリシャ正教由来の芸術は語られない。(後述)
(正教とも密接な)ロシア文学にも触れない。
オーケストラの音楽は凄いが、チャイコフスキーは登場しない。
ロシアの文化、芸術を誇ることは皆無で、
あくまで、西欧から収集し、コピーしたと語られる。
自虐が凄まじい。
 
 
紹介される美術品はルネサンスとオランダ・バロック。
聖ペテロと聖パウロ
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E3%83%9A%E3%83%86%E3%83%AD%E3%81%A8%E8%81%96%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD_(%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B3)

エル・グレコのイメージよりずっと真面目だった。

 現代アートのようなポップさで、
 フェリペ2世は、お気に召さない。
  
フランドル/オランダ・バロックの代表作や特徴

オランダはイタリア、フランス、スペインとはまったく違う作品がブームになりました。
その理由が「カトリックでなくプロテスタント傘下に入ったこと」と
「市民階級が力を付けたこと」です。


とりあえず、ロシア関係無い。
 
 
このくらい予習しとけば、大体大丈夫そう。
が、
どうしても気になることが有って、
解説は探したが見つけられず、google先生に尋ねる。
  
※以下、ネタバレ含みます。
  
 0.予習 作品の大テーマ google先生との対話
 0.1.西欧コンプレックスとエルミタージュが希望
 0.2.タルコフスキーと祖国愛を比較
 0.3.ソクーロフ監督とプーチン大統領
 0.4.ペルシャ使節団の意味

 1.感想
 1.1.ワンカット長回しの評価
 1.2.ARKは方舟か棺か
 1.3.ソクーロフ監督は面倒くさい奴
 
今回はテーマ中心で。
  
 
  
0.予習 作品の大テーマ google先生との対話
 あらすじを確認した限り、監督の自虐が異様。
 自身のコンプレックスを、フランス人狂言回しに投影してる様子。
 違和感を覚えましたが、解説は見つからず、
 google先生に答えてもらいました。
 
 
 0.1.西欧コンプレックスとエルミタージュが希望
  そこまでコンプレックスを抱く理由は、
  彼の生い立ちから、キャリアの形成にあると言います。
 
  アレクサンドル・ソクーロフ
   軍人の父の赴任先、辺境の地を幼い頃から転々とする。
   歴史学専攻でゴーリキー大学に入学。
   同時に、ゴーリキー市でTV制作にも従事。
   TVに限界も感じ、芸術的表現も可能な映画に進む。
   卒業後、モスクワの国立映画大学に入学。

   1978年(ブレジネフ政権末期)卒業制作を発表。
    タルコフスキーに高く評価されも、発禁処分。
   1980年 タルコフスキーからの推薦により、
    レニングラード映画製作所(レーンフィルム)で、映画制作開始。
   以降、ペレストロイカまで作品は公開されず。
    ただし、レーンフィルムの自治は強く制作は継続。
    (共産国家に失業も無く、解雇されない)
   80年代後半から、作品が解禁。
 
   ソビエト崩壊も経験。
   ペテルスブルク副市長時代のプーチンと出会う。以降の政権批判も続く。
   2023年の引退宣言まで、ペテルスブルクを生涯拠点に映画制作継続。
   近年は後進の育成に軸足を移す。
   
  
  どうやら、     
  ペテルスブルクで映画制作を開始したことが、
  圧倒的な転機になったようです。
  西側に門戸が開かれ、自由な空気を感じる、希望の地。
  
  一方で、大学で歴史を学び、
   圧倒的な権力でロシア全土を掌握しなければ、
   この国の政権運営は難しく、
   最後は国家崩壊で終わるという悲劇の繰り返し。
  と知り。
  プーチン政権にも、そんな歴史観を重ねているようです。 
  ロシアの行く末に、
  ずっと悲観的な眼差しを向けている。
  
   そんな暴力的なロシアに対し、
   西側からもたらされるアート(人間のわざ)は、
   野蛮な祖国への唯一の防波堤である。
  そのような立場を、作品では一貫して貫くという。
   
  
  監督にとって、
  エルミタージュが特別の意味を持つことが分かります。
   絶対権力のエカテリーナ2世は戦争を拡大しながら、
   外国の美術品を買い漁り、王宮にコレクション。
  
   作中で紹介されるのは、ルネサンスとオランダ・バロックで、
   ロシアに縁もゆかりも無い。  
     
   帝政ロシアの圧政に、民主化要求の果てが、レーニン革命。
   自由な社会は訪れず。
   
   ソビエト崩壊後も、結局プーチンの強権。
   自由は制限され、戦争継続中。
   (しかし、そもそもプーチンの警察力が無ければ、
    ロシアはとっくに崩壊していただろう)
   
   高齢なプーチンの後には、また歴史は繰り返しそう。
  
  
  エルミタージュは権力の象徴でもあり、
  紹介されるのは、西側の文化芸術。ロシアに非ず。
  しかし、
  それがソコーロフ監督にとっては、唯一の希望。
  
  まあ、そりゃ屈折します。 
 
 
 
 0.2.タルコフスキーと祖国愛を比較
  国宝「アンドレイ・ルブリョフ」を題材として、

  希望と救済を描いた師匠とは、随分と違うものですね。
    
  半分ウクライナのタルコフスキーは、自国独自の文化も誇る。

  白ロシアのシャガールをこよなく愛するようには、
  ソコーロフは祖国を尊ぶことが出来ない。
  
  絶望が深い分だけ、愛憎も深く、
  さっさと亡命して、西欧で映画制作は選択もぜず。
  

  パナヒ監督がイランで活動を続けることも連想させますが、
  現体制の社会問題に留まらず、
  歴史認識込みの絶望とは、深い。
 
 
 
 0.3.ソクーロフ監督とプーチン大統領
  前出の通り、プーチン大統領との関係は長く、
  批判的態度を貫いています。
  
  暗殺やシベリア送りも懸念されますが、
   ビングネームで、反作用も大きい。
   政治的な脅威ではない。
  らしく、そのような危険は及んでいないようです。
  
  
  2003年 本作公開、プーチンが実権を握る。
  そして、当時も配給を担った株式会社パンドラが、
  今回のデジタルリマスター版の公開も、企画し配給。
  (HPの更新は止まってますが、Xで発信されてます)
   ウクライナ侵攻当時は、コロナ禍でもあり、今なのか、
   沖縄知事選のような民意が示される、今だからなのか、
  私には分かりませんし、
  その意図までは、紹介されません。
  
  ともかく、
  世界情勢も併せて、意識する作品ではあります。
  
 
 
 0.4.ペルシャ使節団の意味
  劇中、
  ペルシャが詫びを入れに、王宮を訪れるシーンが描かれます。
   イラン関係あるの?
  
  先生曰く、
   西欧とロシアの関係だけでなく、
   その間にオリエントの国を挟むことで、
    ロシアの威光を示しつつ、
    異質な文明との関係性の違いも描く。
   (アジア杯でロシアと当たることはないもの)
  そんな意図らしい。
  
  言われなきゃ、全然分かりません。
  基本的に、親切に説明はされないらしく、
  日本人に分からなくて当然で、
 
  ただ絢爛豪華な、美術や建造に、
  映画の衣装を鑑賞することになりそう。
 
 
ここまで予習して、
やむを得ない、ピークをかわして地下鉄に乗る。
 
 
 《 開演 》
 
 
1.感想
 粗く感想語ります。
 
 1.1.ワンカット長回しの評価
  今回公開の意図やテーマは語られず、
  兎角、
  ワンカット長回しが代名詞のような扱いの本作ですが、
  その効果は賛否ありました。
    
  私は、やや否ですかねぇ。
  
  意図は分かりますよ。
   美術館を散策するように、
   過去と現在が交錯して、
   時空のイマーシブ体験を味わう。
    
  それでも、
  魅せるべきショットは、カット割って、
  ハンディでなく、しっかり止めた画でキメて欲しい。
  NHKのハイビジョンなら、尚更そうしてよ。
  あの衣装で、あれだけの人数で、
  勿体無いですよ。
  
  散策パートと、じっくり魅せるとこ、切り替えてもね。
  意図は充分実現出来たと思います。
  マイナスの方が大きいのではと、判断しました。
 
 
 
 1.2.ARKは方舟か棺か
  原題は「RUSSIAN ARK」(ロシア語は分かりません)で、
   さよならヨーロッパ 
  とナレーションの後に、
  ペテルスブルクからバルト海に注ぐ大河が最後映ります。
  
  ロマノフ朝の消滅を描いて、このセリフなら、
  ベルリンの壁が敷かれる分断と、捉えることも出来ますし、
  プーチン政権発足で、将来を予見したとも見えます。
  
  ARKは、

  歴史の海を漂う方舟と解釈も出来ますが、
  西欧のアートを蒐集した美術館が、棺のようにも見えます。
  国家崩壊の後、一時またいずれ自由への扉が開かれるだろう。
   
  建都300年の記念映画としては、異例のメッセージに驚きます。
  ただし、公開当時は、
   西欧の批評家からは、その意図は理解されず、
   むしろ帝政ロシアを称賛してると批判される。
   逆に、
   当局も体制批判を見逃し、検閲を逃れた。
  
   更に、  
   絢爛な映像と、ワンカット90分の意匠に囚われ、
   メッセージを見落とす評も多かった。
  と、
  google先生から聞いく。
  
  なんだかな。
  なら、こんなタイトルつけんだろ。
 
 
 
 1.3.ソクーロフ監督は面倒くさい奴
  本作は、
  監督の祖国への愛憎とコンプレックスの結晶ですね。
  
  面倒くさくて、気難しそう。
  
  ある程度は文脈理解しないと、ナンノコッチャ分かりません。
  
  まあしかし、
  絢爛な映像と、ワンカット90分の意匠に魅了されても、
  全然アリだと思いました。
  大スクリーンで観ることが叶って良かったですよ。
  それもまた、巨匠の力ですね。
 
 
 
美術にも、ロシア史にも、世界情勢にも、興味無ければ、
本作観ても無駄な時間と思いますが、
興味惹かれる点有って、時間が許せばですかね。 
 
新宿シネマート以外でも、
東京では、シネマリスで公開されるそうです。


公開当時、
「太陽」は昭和天皇をイッセー尾形が演じて、日本でも話題。
 
ま、しかし、
西欧の評論家が、ロシア人の劣等感を理解しないように、
自国のオリジンに疑問を抱くロシア人が、
皇室や戦中戦後の権力構造を理解してるとは思えません。
それでも、
この屈折した巨匠の声を聞くのも乙かも知れません。  
 
 
 
タイトルの意味は、あんまり分からない。 

ロシア聖歌からの影響も受けたと。
 
 
 
2026.09.15 9:00現在
 今日は、-2σタッチで一旦耐えそうな気も。

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