前回は、
がん治療の当事者が作った映画と期待した。
ところが、
共同プロデュースの主役、がん患者ではなく、
親子の葛藤がドラマのメイン、がん治療は添え物。
撮影はしっかり、それで完成度上げられても、悔しい。
物語は、
私の期待と大きく異なり、
この作り手の必然性が感じられないまま。残念無念。
ドキュメンタリでなくとも、
我が身の事として、向き合った作品を欲してしまう折。
翌日に、
当事者の作品が早稲田松竹で上映と知る。
しかも、今日が最終。
【5/31㊐・6/2㊋・4㊍上映作品】
『ブルーボーイ事件』
監督:飯塚花笑私たちは、ずっとここにいた。
1960年代の日本で、「性別適合手術」が違法か合法かを争ったトランスジェンダー女性と担当医の裁判があった。自らの尊厳と誇りをかけて闘った実在の女性たちを描く社会派エンターテインメント! pic.twitter.com/0dXLmqzBoS— 早稲田松竹 (@wasedashochiku) May 24, 2026
これは逃せない。再チャレンジのつもりで高田馬場へ。
あらすじ読んで、大丈夫と確信しただけ、特別に予習無し。
優生保護法は、「砂の器」の復習で済とす。
《 開演 》
※あらすじには、特に触れません。
ですが、周辺の話題からの関連は已む無しと、ご容赦。
第一部 作品の感想
1.1.感想全般
1.2.群馬フィルム・コミッションと昭和40年再現
1.3.作劇の面白さ
1.1.感想全般
当事者の作品として、見応え充分でした。
その上、
作品としての完成度高く、
飯塚花笑監督の技量を堪能しました。文句なしです。
本職でない、当事者の方々の芝居も良く、
丁度感情移入できる過不足ない演出。
映像は繊細に時代を再現し、劇伴は丁度良く。
なにより、
裁判記録を丁寧に追った事、窺われます。
作り手のエゴで史実を捻じ曲げたりは、無いはず。
立派な態度に敬服しました。
無理無く、それでいて感情移入させる脚本の仕上がり。
証言台に立った3人の生き様をそれぞれ描き、
エピソードの出し入れも秀逸。
これくらいの味付けで、もっとヒットしてくれてもイイのに。
インディでは出来ない丁寧さと、
メジャーの思惑優先による雑を避け、
不満の無い、丁度良い出来なのだけれど。
1.2.群馬フィルム・コミッションと昭和40年再現
そこに、
昭和40年の再現も説得力を増します。
KDDI出資の資金力と日活の底力を感じます。
細やかに、神経行き届いた映像で、
フィルム・コミッションとの連携も見事。監督は群馬出身と後に知る。
20日程度で撮ったとのこと。
地の利も活かし素晴らしい。
VFXでの処理は、さほど多くはないのか。
令和の現代ではない、どこか異世界な感覚が、効果的に描かれてました。
この時代なら、尚更大変だろうなぁ。
と観客にも感じさせ、説得力ある映像でした。
美術さんも、腕の振るい甲斐がありましたね。
1.3.作劇の面白さ
それ弁護になってねぇよ。
と思わずツッコミ入れたくなる、法廷での発言の数々。
それが、
当時なら、この程度の無理解さ、当然だろうなと伝わり、
特に弁護士の錦戸亮を通じて、観る者に社会の実情を理解させます。
世は当に、高度成長期。
そもそも、売春防止法なり、風営法なり、
法改正して、戸籍上の性別に依らず取り締まれよ。
それを、
優生保護法持ち出して、手術を罰しようとは、
そんな意図の法律じゃない。
無理筋な検察の方針が、史実とは、、
そこで、
葛藤しつつ、証言台に立つ三者三様。
史実そのままと聞きますが、設定の骨子が見事。
当事者ならではでしょうか、人物造詣に抜かりが無い。
作り手の熱量は必ず伝わるものですね。
本気は本気で伝播し、
逆に、
お座なりのテキトーがバレる作品に出くわすことも多々。
本作は、
現実に誠実に向き合い、かつドラマ性も高く物語を描く。
法廷ものとしても、証人の生き様も、充分興味深い。
テーマにばかり目が行きガチですが、
均整の取れた巧みな作劇も、讃えたい。
ここからは、復習と、派生して思い浮かぶ事など。
第二部
2.1.悪名高き優生保護法とブルーボーイ事件
2.2.美容整形でも聞く一般論として
2.3.未成年への施術と発禁処分
2.4.映画は社会批判の為じゃない。批判は無理解でも出来る
2.1.悪名高き優生保護法とブルーボーイ事件
Wikipediaによると、
優生思想・優生政策上の見地から不良な子孫の出生を防止することと、母体保護という2つの目的を有し、強制不妊手術(優生手術)、人工妊娠中絶の合法化、受胎調節、優生結婚相談などを定めたものであった。国民の資質向上を目的とした1940年の国民優生法を踏襲した。
2軸で把握したい、
悪名高き優生思想的な出産の制限
中絶と女性の人権
前者については、戦前からの発想であり、
劇中でも指摘のように、戦後憲法と、そもそも相容れない。
後者の部分は、優生政策以外に、
女性の人権的な戦後からの観点も盛り込まれているらしい。
母体保護の観点では、多産による女性への負担や母胎の死の危険もある、流産の恐れがあると判断された時点での堕胎の選択肢の合法化を求めた。福田らは、死ぬ危険のある出産は女性の負担だとして、人工妊娠中絶の必要性と合法化を主張するとともに、優生政策として、断種手術の徹底も求めた。
ただし、同時に無闇な中絶を禁じていた。
法が想定している内容と異なると思われるが、
条文に違反と言われれば、まあ確かに。
これとは対立的に1969年、男性希望者に性転換手術をした医師が有罪になったブルーボーイ事件判決があった。当時の28条「何人も、この法律の規定による場合の外、故なく生殖を不能にすることを目的として手術又はレントゲン照射を行ってはならない」に違反したものとされた。
これで立件は無理筋とは思うが、この手術を想定した法律は、まだ無いらしい。
最終的な判決は、劇中どおり有罪で、ガイドラインが設けられた。
合法に手術出来るとは言え、
逮捕のリスクを負ってまで、担当する医師は当分現れない。
子供ごころに、タイやモロッコに行くと聞いた。
判決のガイドライン自体は、個人的にはそれなりに妥当とは思う。
手術前には精神医学や心理学的な検査と一定期間にわたる観察を行うべきである。
当該患者の家族関係、生活史や将来の生活環境に関する調査が行われるべきである。
手術の適応は、精神科医を交えた専門を異にする複数の医師により検討されたうえで決定され、能力のある医師により実施されるべきである。
診療録はもちろん調査、検査結果等の資料が作成され、保存されるべきである。
性別適合手術の限界と危険性を十分理解しうる能力のある患者に対してのみ手術を行うべきであり、
その際手術に関し本人の同意は勿論、配偶者のある場合は配偶者の、未成年者については一定の保護者の同意を得るべきである。
施術前には戻れないし、
無闇やたらは社会的によろしくないと、司法は判断。
2.2.美容整形でも聞く一般論として
これ、美容整形でも、同じ問題起こると、鑑賞中も観てた。
ちゃんとした処で受けないと、後遺症も残るし、
手術で治ることと、治らないことがある。
マイケル・ジャクソンが精神的に安定したとは思わないし、
顔を変えて問題解決したとも思えない。
精神的コンプレックが解消され、明るく暮らせるなら、
良い結果だろうけれど、
手術で、問題自体が取り除かれた訳じゃないし、環境が変わった訳でもない。
二重瞼でも、モテモテとは限らない。
成人で精神的に安定した状態で、本人の責任の範囲で意思決定すべき。
とのガイドは有って然るべきだろうな。
トランスジェンダー固有の問題提起とは、観てなくて、
医療行為とは言い難い手術に一般化。問題を拡張してしまった。
手術は幸せに寄与するかは、結局は本人次第で、
施術側にも、最低限の慎重な判断も、社会が求める。
造りが誠実過ぎて、
身体的特徴が精神の負担になるケース一般の物語と観てしまう。
特に、
未成年は周りが洗脳してる可能性もあるからなぁ。
西原理恵子の娘さんが、
子供の頃、整形を強要されたと母親を告発していた。
2.3.未成年への施術と発禁処分
「ジェンダー肯定医療」のあり方に一石
欧米では近年、こうしたジェンダー肯定医療を受けた子どもたちのなかに、健康被害が出てきたり、精神的に不安定になったりして、ホルモン治療などのジェンダー肯定医療をやめる人が出てきている。「事前にもっと丁寧なカウンセリングが必要だったのではないか」とする訴訟が立て続けに起こっており、社会問題になっているのだ。そうしたなかで、この現象に一石を投じた本書は、性別違和で悩む子どもたちの助けになった可能性もあり、重要な本だったのではないかと思う。
特定の人たちの政治的主張に、本当の当事者は利用されていないだろうか。
例えば、出生時は男性であったが性自認が女性である「トランスジェンダー女性(トランス女性)」は「女性である」ことは議論の余地のない公理であるから、トランスジェンダーに関する議論自体が許されず、議論しようとする姿勢自体が差別となるという考え方だ。つまり、議論の題材としたり、論じたりすること自体が、社会で一番脆弱ぜいじゃくで傷つきやすいトランスジェンダーのひとたちを傷つけ、時には自殺に追いやってしまう可能性もあるというわけだ。冒頭で触れたKADOKAWAの『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』に対しても「トランスジェンダーを殺すのか」「トランスの方々が自殺する」「人殺し」という批判の言葉が多数寄せられた。
洗脳された後、成人して戻れない。
悩んでも、誰も責任は取らない。
爆死と言われた、「宝島」あたりでも、
沖縄当事者の制作か、確認しておくべきと判断。
本土の人間の企画なら、私は観ない。
どうしても、思い出してしまう。
仙台で普通に暮らす初老の男性は、放射能の被害を訴えた。
検査済の会津のお米は美味かった。近隣の宮城県では検査はされない。
成田の老人は、締め切った部屋で紫煙をモウモウと燻らしながら、
原発事故の健康被害を語った。
当事者は、政治的主張に利用されるだけじゃないかな。
そうではない、作品に出会えるのは、貴重なこと。
2.4.映画は社会批判の為じゃない。批判は無理解でも出来る
批判は誰でも出来る、無理解でも出来る。
自分の主張の為に利用することも出来る。その人達は政策的代案は出さない。
なのに、社会批判が偉いと思ってる人達も居る。
彼らが映画を愛しているとは、私は全く思わない。
むしろ、
映画をプロパガンダの手段とされてしまう事を警戒している。
なにより、理解する気も無く、結論に飛びつく事を避けたい。
イギリスへのシリア難民の映画に関連し、
ある映画関係者は
”外国人だから差別的に排斥される”
と問題を単純に捉える旨の発言。
UKリフォーム躍進でスターマー政権危ぶまれる最中に。
福祉政策は富の再分配でもあり、
納税者が受益出来ないのに、関係無い外国人なら恩恵を受ける。
その不公平感に想像が及ばない。
だからと言って、人道無視は出来ない。
問題に理解が無くても、結論に飛びつくことは誰でも出来る。
思惑ある人に利用されないように、
理解の為、最低限のコストを私は支払う。
取り敢えず、
主語が自分でない人の主張は、私は一旦疑うことにしている。
キンコン西野も是枝裕和も、
社会や映画産業を憂いつつ、映画館に迷惑かけんなよ。
そんなことより、
自らの能力と情熱の在処に意識を向けてくれよ。
そんな有様なら、
情熱も才能もある監督にチャンスを分けてくれよ。
貴重な体験を、ありがとうございました。
紆余曲折の末、出資者が繋がった。稀なケース。
が、公開当時、私は見逃している。
現実に忠実にあろうとするので、カタルシスは正直弱め。
逆にもし、作為的過ぎる作劇にウンザリしてるなら、お奨め。
監督も主演も男前でした。カッコイイ。
2026.06.06 05:00現在
20MA割れの大陰線現る。
テクニカル的には、過熱だもの不思議無く。
ファンダメンタル的には、
数字は良くても、
やはり和平は不透明。ということでしょう。
20MAで耐えても、-2σタッチまで割れても、
どちらでもいいように対応したい。
