小難しそうで、
その上、渋谷は面倒くさい。
数ヶ月前は、優勢順位低めに設定して、
で、結局見逃した特集が、
早稲田松竹にやって来た。
★「日刊ホン・サンスin早稲田松竹」本日より上映!スタッフレビューも更新しました✑… pic.twitter.com/tI7z7IPEUW
— 早稲田松竹 (@wasedashochiku) July 11, 2026
そういえば、
日常アート系映画で、’散文スケッチ’的な作劇。
そんな作家性の強い監督の特集が続き、足繁くかよう。
チャールズ・バーネット
タイラー・タオルミーナ
寝落ち覚悟で、土曜の初日朝イチから楽しみ。
早く着いて、神田川沿いを少し歩く。
ドラマ性は作為だと、ありのままを描写するのが自然主義。(後述)
トキやカワウソの如く、
日本では、一旦滅んだ。
韓国だって、
奇跡の絶滅危惧種かなぁ。
ホン監督が国民から総攻撃受けていると、知った。
巨匠と若い女優の不倫。
逆に、メジャー志向に、なびく選択肢は絶たれた。
今回の上映は、最近の作品が中心で、
監督脚本撮影編集全て、一人でこなす最小限の座組。
劇団ホン・サンスとも言うべき、お馴染みの役者陣。
脚本は撮影前日に書いて渡す、即興性高い現場。
作家性は、より研ぎ澄まされいる。らしい。
多作というより、
サメや自転車のように止まってはダメになるタイプ。
これで、
欧州映画祭の評価をバックに、
劇場公開を続けられるなら、
それはそれで冥利でしょう。
是枝裕和の立ち位置と、比べてしまった。
日本では、
そんな正直は許されないか。本人の性格か。
国際的評価高いが故、逆にヒットも期待される。
ウルトラマンや藤本タツキに、興味あるとは思えず、
身過ぎ世過ぎ。
ホン・サンス羨ましい。かもしれない。
燃え尽きたのなら、
一旦プロデュースや育成に徹しても。。 と思ってしまうけれど、
ジレンマ抱きつつ、映画制作の模索を続ける。
つい連想してしまった。
ドキュメンタリ的手法、即興性重視の演出も、
物語の消費に覆い尽くされそうな日本の市場じゃあ。。
正直に生きるのは難しい。
今回がホン・サンス初見で、予習はそのくらい。
世間の評を読んでも、ネタバレを避けると可食部が少ない。
評論スジの解説探しても、
面倒くさい割に、
褒めは紋切り型、
経歴の羅列中心。
と感じてしまう。
どう観たら面白いのか? 不明のまま。
《 開演 》
ちょっとウトウトしました。
楽しいと言うより、心地よい時間でした。
邪魔くさいことしないので、脳の処理がラクだわぁ。(後述)
なるほどぉ。。
’散文スケッチ’よりは、ドラマやろうとしてる分、
より自然主義テイストは強く感じる。(後述)
その上、私小説的でもあり、
監督の自己投影と見立てて観てしまいました。(後述)
「旅人の」は演出と演技指導。
「小川の」はマネジメント全般。
物語の消費に疲れているなら、
自然主義的私小説の絶滅危惧種も乙。
例えば、
本屋大賞には決してノミネートされない、
一般受けしないが当然の静かな文学作品。
そんな愛読を持つ趣味人にオススメ。
1.自然主義的私小説 「蒲団」連想
2.詩というものの扱い
3.自己投影と見立て
4.余計な事しない効能
※ネタバレは避けます。
1.自然主義的私小説 「蒲団」連想
前回タオルミーナ監督で、
フランスでなくロシアを連想してしまった。

大事なのは、自然を描くことよりも、
ありのまま、そのままの写実。
盛らずに、正直に描く事。
日本に於いて、ガラパゴス的独自の展開が私小説。
田山花袋「蒲団」 平田オリザが読む
しかし、当時の人々は驚いた。藤村が『破戒』を書き、
被差別部落問題というとてつもなく深い社会問題をも
小説にできることを証明したのと同様に、
中年男の嫉妬という、とてつもなく矮小(わいしょう)な事柄さえも、
やはり小説になるのだということを花袋は明らかにした。
反戦フォークから四畳半へ、’わたくしごと’へと視線は向かう。

主人公は妻子持ちの名のある作家。
うら若き女学生が弟子にしてくれと懇願。
田舎から上京、文豪は東京で面倒を見る。
彼女に同年代の男がデキる。
中年男は嫉妬に悶絶しながらも、表面は平静に対処。
ヒロインは結局、親元に連れ戻され、
男は一人、
残された蒲団に突っ伏して泣く。ちょいフェチ入る。
読み返すと、写実的なテイストだけでなく、
やはり内容も似ている。
情けない心情も正直に描く、
日常の大きくはないが、物語は有る。
妻子持ちで権威ある芸術家に、憧れる乙女。
それなりにインテリ(庶民派でもない)。
「パラサイト」が対極。
社会問題=貧困を描きつつ、
ドラマも大いに盛り上げる。大立ち回りも有り。
映像から予算潤沢と知れる。
そういえば、
先週はパク・チャヌク特集、キム・ミニ出世作も架かる。
ポジショニングは明確。
ホン・サンスは、韓国映画に抱くイメージの真逆。
うーん、一点気になる。
自然主義の影響が残る分を、フランスの映画監督で例えるのは、
それほど的を射たキャッチコピーかなぁ。
まあ、
恋愛アリのオシャレな日常アート系と訴求したいか。。
2.詩というものの扱い
尹東柱という、詩人は知りませんでした。
中華民国時代の満州出身の朝鮮人の詩人である。
朝鮮語で多数の詩を創作し、
代表作『故郷の家――満州でうたう』(1936年)を通して
心の故郷(南の空のそこ—朝鮮半島を意味)への愛を表現した。
当時の朝鮮半島は日本の統治下にあり、
朝鮮独立運動に関与した容疑で太平洋戦争中の1943年に逮捕され、
福岡刑務所で獄死した。
死後に『空と風と星と詩』などの作品が知られるようになった
kindle unlimitedで劇中引用された「序詩」が読める。

死ぬ日まで空を仰ぎ
一点の恥があらんことを、
葉に吹く風にも
私は苦悩した。
星を詠う心で
全ての死に行くものを愛さねば
そして私に与えられた道を
歩み行かねばならない。
今夜も星が風にかすめられていく。
獄中で詠んだと想像され、石碑が建つべく人。
もうひとつ、
映画のモチーフとおぼしき「新しい道」も同時に含まれ。
川を渡って森へ
峠を越えて村へ
昨日も行き、今日も行く
私の道、新しい道
タンポポが咲き、カササギが飛び
乙女が通り、風が吹く
私の道はいつも新しい道
今日も……明日も……
川を渡って森へ
峠を越えて村へ
’ライオンの歯’が分からない仏人の設定は、無理じゃね?
と関係無いツッコミ入れてしまう。
まあ、
操れない言語でのコミュニケーションは、旅で必須か。
ボンジュール、メルシーと1,2,3くらいは言えよ。
カネ払って習うなら。
英語通じると、脳はとたんにサボる。
モノに成らなかった我が身を省みつつ、、
実感を伴って、聞き、話すことが大事。
そう鑑賞後に確認。
尹東柱は、
抗日運動に身を投じながらも、うたごころを忘れない詩人。
ホン監督は、
政治的であっても、なくても咎められ、
私生活はバッシングの嵐。
それでも、いつも表現は詩的にと宣言。
なのかと想像。
劇中の学生たちは、
詩の形式で、心情を懺悔することからも、
ポエジーは、正直な告白から。
正直な告白は、詩的に描いてこそ。
そう考えてそう。
3.自己投影と見立て
私小説だと思って観れば、ドラマも楽しめます。
坂元裕二のような、”会話が面白い”とは別物ですが、
興味深い。ウトウトしましたけど。
「小川の」主人公は、
劇中、”共産主義者”となじられた過去を語る。
そりゃ、左翼的な映画人は多いだろうし、
自然主義からソッチに向かうと誤解されガチ。
日常を正直に描いたら、政治に接触してしまうことも。
ちゃぶ台を囲む劇中劇は象徴的で、
ただの四畳半フォークなのに。
あるいは、
不倫騒動のメタファーかも知れない。
演者も頑張ってくれて、満足ゆく仕上がりでも、
客の反応はイマイチ。政治的に問題視もされる。
そんなホロ苦い経験も正直に描いく。
今は、立派に若者指導する立場かと思わせて、、
ホン・サンス本人らしい正直さで閉じる。
「旅人の」は、
男女逆転で、主人公の恋愛は祝福されない。
フランス語が演劇で、
語学のレクチャーが演技指導だと思えば、そのまま。
どんな気持ちで演じるか、が大事。
経験無いことは、わからない。
劇中は、
役者とシチュエーションを変えて、同じ脚本が繰り返される。
演出家役のユペールは、しつこく問う。
”どんな感情で、演奏したのか?”
恋愛は、一旦置いて、
エチュードを幾つも。
恋愛から演劇そのものに、関心がシフトしてるかな。
演劇に詳しく、
ホン・サンスの経緯も能く知るなら、
もっと理解が深いのだろうな。
4.余計な事しない効能
カメラはシーンごと固定で、
カット割らない。ときどき寄るだけ。
音楽は鳴らさず、盛り上げず、
派手な演出は一切無い。
ああ、
脳が無駄に情報処理しないくていいのは、
こんなにラクなんだ。
それ要る?
今更、それヤるの?
それで解決するなら、2時間前にやっとけ。
イラっとする分、負荷は二重で、
何で、
朴念仁の分からず屋の客の為に、
オレがコスト払うんだよ。
理不尽は、己の選択ミスを他責に変える。
「国宝」のラストにも不満な通り、
ストレスを全く感じない鑑賞は稀で、
ただただ、極めてラクな時間でした。
得られるモノとコストが等価交換な世界を、体験しました。
ただ、「小川の」はちょっと長い。
年配の観客も多いので、中座もまばらに、
私は、なんとか耐えました。
たまには良き映画体験と思います。
予告編で、雰囲気は分かるので、”当たり屋”は止めてね。
何も恐れず、正直に。
南こうせつは、”四畳半”のレッテルにも悩んだらしい。
2026.07.12 現在
レジサポ転換したようにも見える。
来週は、20MA越えられず、収束に向かいそう。
