「わたしは、幸福(フェリシテ)」 カサイオールスターズは予習した方がよかった。分かりにくに演出以外は最高。

幾つか、知識有ったほうがより楽しめる点あります。私は復習でしたが書いときます。
更に分かりにくいイメージカットが入るので、そこは尚更で、減点してよいと思う。
が、音楽、主演、撮影は強烈で大満足です。観るチャンス逃さずによかった。
 
お話はふくしま政美作画の「ぼくんち」ですが、

テーマは「受容」でしょうか、ただのリアリズムとはちょっと違う。
そこがまた、評価高いゆえんでしょうね。
 
 
 
ええと、前回は善意のおとぎ話観て、敢えてのコメディは分かるんですけど、
あの手の善意は平和なときの反戦論的第三者感がどうしても漂うので、生きて往くにはやや観てて辛い。
おとぎ話の辛さから逃れるため、リアル志向なもの観て、精神安定させようと、
たまたま、日本橋に用があったので、有楽町の上映駆け込みました。
 
民主コンゴの首都キンサシャのリアルを伝えようという作り手の姿勢にホッとしました。
そして、アフリカンなパワーに圧倒されました。

ただ、どういう意味なのか分からない点出てきます。
背景の理解が有ったほうがより楽しめます。
この映画に限り、有った方がよい。

町山智浩さんのような背景を常に解説する仕事は必要だけど、
ボクは映画鑑賞する立場としては必要性感じない方です。
自分が感じた感想で充分と思ってます。
通常は知識増やして感動が増えるとは感じません。

ただ、この映画は知らないと理解出来ないとこもあって、
解釈間違ってる感想も見かけました。
 
復習も兼ねて、背景整理してから、感想書きます。
 
 
  
演奏者たち、セネガル系フランス人監督、民主コンゴ、コンゴの名産、ノバーリス、の復習。
この記事大分理解の助けになりました。
菊地成孔絶賛!”真のアフリカの姿”を伝える映画『わたしは、幸福(フェリシテ)』

カサイ・オールスターズ
 酒場の演奏めちゃくちゃ上手いけど、やっぱ黒人は音感違うわー、
 よくこんな複雑なリズムとハーモニー奏でるバンド連れて来たなー。
 って観てるときは思ってましたが、
 世界的に有名なバンドでした。ま、そうでしょうね、巧すぎるもの。

 コンゴの伝統的な音楽とエレクトロを融合したコンゴトロニクスというジャンルの第一人者だそうです。
 場末の酒場でえも言われぬグルーブ体感するだけでも、そうとうモト採れます。
 
 
キンバンギスト交響楽団
 どの地域にもクラシックファンは居て、
 大晦日のホーチミンで演奏聴いたりしてたの思い出しましたが、
 この地域でよく、オーケストラかき集めたなぁー。
 って観てましたが、実在の市民楽団だそうです。
 キンサシャで仕事しなからなんとか活動してるそうです。
 菊池さんも言及してますが、酒場の演奏はプロで、こちらはアマです。

 映画の中では、イメージカットの演奏シーンです。
 昼と夜、聖と俗、生と死の対比として表現されます。
 ただ不思議なことに、こちらの方がゴスペルチックで、死をイメージさせます。
 逆にコンゴトロニクスは生の躍動を感じます。

アラン・ゴミス監督
 セネガル系フランス人で、もともとはセネガルの映画撮る予定だったそうです。
 カサイ・オールスターズと交流を深め、その音楽にも触発され、
 彼らの本拠地であるキンサシャの映画を撮ることにしたそうです。

 菊池さんは、「アフリカの」と言ってますが、なんでも十把一からげにするのは止めましょう。
 これは「キンサシャの映画」です。例えばセネガルのダカールなら情勢違ってますよね。きっと。
 
 それと撮影にデュード・ハマディというコンゴの若いドキュメンタリ監督使ったそうで、
 これがとても効いていました、
 荒々しくアップを中心とした臨場感溢れる映像に仕上がってます。
 
 出来る限りコンゴのものを入れようというアラン・ゴミス監督の意図は随所に強く感じます。
 
 あ、菊池さんは演出をマジックリアリズムといってますが、
 それには強く反対します。菊池さん音楽以外のことは当てにならないと判断してます。
 ポドロフスキー観たあとだけに。 
 
 前回のカウリスマキ監督もそうですが、小津安二郎に影響受けたと言ってます。
 編集のテイストは北野武が一番近いです。
 そっけなくて、説明を省き、テンポちょっと外しながら次に行く感じ、成功してる。
 
 西原理恵子の「ぼくんち」もそうですが、
 天国のような地獄のリアリズムの中での、叙情性です。
 だからノバーリス(後述)なんでしょう。
 
 意味不明なイメージカット続きますが、強烈で誇張した表現ではなくて、
 「ぼくんち」の山なみのような心象風景で、叙情的です。
 
 
民主コンゴとキンサシャの情勢
 昔ザイールといったトコで、やっと内戦終わってまだまだヤベー地域。
 という認識はありましたが、どこまで今秩序回復してるのか知りませんでした。
 この映画の舞台がキンサシャだと知らずに観ましたし、

 ウィキペディアによると、 
 「コンゴ民主共和国」「キンサシャ」
 経済はようやく回り始めるが貧富の差は激しい。選挙できずありれた腐敗。
 キンサシャはいろんな民族の流入も多く、共通語がリンガラ語、旧ベルギー支配だし公用語はフランス語。
 宗教はカソリック。(イスラムなら酒、セックス、家族の扱いも違うかも?)

 あと特筆すべきは、レイプ被害も凄まじく、女性の地位がとても低い。
 これは映画でも、関係するポイントかと思われます。

 情勢自体は、映画の中では、内戦後としては、想像以上に復旧してると感じました。
 いわゆる、日本人らしい感想は吐き捨てていいですよね。
 冷蔵庫修理してんですから、最低限のインフラはギリなんとかというレベルですね。
 その都市の情勢、正確に把握するとこ出来たらと思いました。
 
 
 
コンゴの名産
あー、何ていう動物だっけ、シマウマじゃなくバクとも違う、、
珍獣オカピはコンゴにのみ生息する絶滅危惧種だそうです。
大河はコンゴ川(昔、ザイール川と習ったかも)。
行者さんの神輿はよくわかりませんでした。
が、まあ漆黒の森含め、イメージカットにはコンゴ名産を盛ったようです。
 
 
ノバーリスと夜の賛歌 
ラストに引用されます。字幕で美しいと思いました。
誰の詩か知りません。後で調べました。
なんで、フランス語圏なのにドイツの詩人なのだろうと不思議でした。
ノヴァーリス  ドイツロマン派の夭折する詩人ですね。
愛する人の死を受け入れ、夜に癒やされながら、再生してゆくという詩が、
この映画のテーマにマッチしてるということでしょう。
キリスト教的なモチーフというのもポイントでしょうか。
 
 
まあ、背景入ってた方が、見ながら意味わかるので楽しめます。
 
音楽については菊池先生に任せるとして、
ここからは、お話と主演とテーマについて、感想書きます。ネタバレありで。
あらすじはいちいち書きませんが、
最初、文句言いながら修理代払うとこ、薬代騙し取られるとこ。
主人公はお金の扱い得意じゃないと分かります。この人貧困から抜け出すの難しいと知れます。
 
そして、女優さん素晴らしいのですが、

ふくしま政美の辮髪です。

なかなかの巨体で、太ってるだけじゃなくて、デカくてゴツいです。逸ノ城みたい。
まさにふくしま政美の作画です。

菊池さん、表情が読み取れないと言ってますが、
それ解釈が違います。たぶん。
 
この人戦士なんですよ。ずっと戦って生きてきてる。だからいつも険しい。
金策に走るところで、だんだんとそれ分かってきます。
戦士は商人じゃないので、交易はヘタです。
で、カンパも今ひとつに描かれて、ワンピース的おとぎ話には落ちません。
孤独な戦いを続けています。個の戦い。
母どころか、女性すらあまり感じさせない。
 
結局、金策間に合わずに、息子足切断で、髪型変えますが、
兜を脱いだという表現ですね。辮髪からざんぎり頭は。
戦士から魂抜けた顔になって、最後和らぐんですが、
ダメージ受けて、受容して、回復に向かう、という一連のプロセスです。

受容から回復へのイメージカットは分かりにくいし、成功してるとは思いませんが、
夜の賛歌はそういうことだと思います。死と再生による回復。

女優さん、普段はメイクもしててここまでゴツく見えないので、
文字通り体当たりな演技としても評価されるべきでしょう。素晴らしいです。
 
 
あと、既存の宗教が救いにならないこともスカッとします。
神のご加護をとかなんとか言いながら、おばちゃん連中やってくるのですが、
てめー、手ぶらで見舞いに来んなよ、ってイラッとします。
音楽はホーリーですけど、そういう存在として宗教描いてて、一服の清涼剤です。
 

死と再生のイメージは、キリスト教というよりなんかインドっぽいです。
河出てきますし、ここで描かれる受容は諦観に近いからかもしれません。
名前が幸福なのも、一度死んで生き返ったからと説明されます。

 
現実の受け入れとともに、
ろくでなしオジサンの優しさとセックス受け入れて、回復に向かいます。

息子も、足落としてショックから、オジサンの優しさ効いて、
それから再生に向かいます。

戦士とろくでなしの男女の愛が持続するとは思いませんが、
息子はこのショックで更生するなら、事故は神様の思し召しで幸運。

モト夫から、
「啖呵切って出ていったくせに、
 バイクは誰のバイクだ? 学校には行っているのか?」
子育てには失敗と自業自得をなじられます。
ワタクシ、その通りだなと。

劣悪な環境だから、悪の道に走り自滅じゃ救いないもの。
親と仲良いなら、孝行すりゃいいし、
仲悪いなら、自分だけでも、この環境から抜け出そうと決意しなくちゃ。
五体満足じゃ無い方が、この息子にとっちゃいい薬じゃねえかな。

何故か、受験勉強冬家でしてて、寒いので電気のストーブつけてると。
その日、餅つき機かなんか回しやがって、大音量でテレビつけながらブレーカ飛ばしてね。
普段は勉強しろと親風ふかすのに、文句言われて、
この環境はハンデだがどっかで工夫しなきゃ、できるだけ高校に長くいて、家では早く寝よう。
後日親は、「家ではあまり勉強しなかった」とうそぶいてました。

フト思い出しちゃいました。
キンサシャで生まれるよりは、ずっと恵まれた環境なんだけどさ、
他人よりハンデはあっても、ここから抜け出したい。
そのときは、学歴はそのチケットだと思っていたし。
 
事故を契機に目覚めて、なんとか脱出できるといいね。
そのチャンスを得たことは、幸福かどうか知らんけど、幸運とは思った。
 
 
ま、とにかくも、
ありのままのキンサシャで、この女優さんあってこそ、成立したストーリーです。
 
 
 
あと、あまり言及されないけど、アフリカンな性が強烈。
直接的な表現はされないけど、オレにはムリだと説得力あります。
 
ろくでなしオッチャンは、ヤルんですよ。やった後匂いかぐし。
個人的には「エラい!」って喝采です。

ふくしま政美の外見で、性格は戦士なおばちゃんと。
しかも、「あんた小さいから」とか事前に通告されてる。
せめて、もうちょっと気立ての良さそうな人にトライしますよ。
絶対ムリ。
 
実物は映らないけど、
あのオッチャンがスモールじゃあ、アンガールズ田中くらいじゃないとムリじゃね。
でも、アンガールズ田中じゃあ体力的にかないそうにない。
 
で、思い出したのですが、elleで、
犯人が「必要だから」と答えるシーンあって、
こんなことしなくても、合意の上で致すこと可能だったのに、
で、最後の方でこうじゃないとエレクト出来ないこと明かされる。

合意の上ってことは交易で、相手にも満足を与えなきゃいけない。
無理やりは強奪は、与えなくてもいいから、
性的コンプレックスある男がそのときだけ、安心して勃つ。

でまあ、辮髪の戦士が受け入れたってことは、
交易が成立したってことでしょう、
ただ、優しいだけじゃ受け入れてもらえてないでしょう。
頑張ったね、オッチャン。
 
 
生と性と聖。
独特のリズムで、アフリカンならではのエネルギー。
ちょっと劇薬ですがイイ薬です。

 
 
質問コーナー、お問い合わせは、sanpome.net@gmail.com まで。

  
 

社会・経済ニュース ブログランキングへ

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村

カテゴリー: 2018, 書評、映画評など パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*