胸糞(と噂の)「オールド・ボーイ」観て、韓国映画と家族神話に感慨深い。「哭声/コクソン」「パラサイト」とか

あまり書くことないので、お久しぶりです。
前回の続きで、胸糞映画探してました。
白い巨塔の財前の方が潔いと感じる、イチローのようなメンタリティだと、
胸糞のポイントが違うようで、なかなか胸糞な感情が湧きません。
  
結局、韓国映画いくつかアマゾンプライムで観て、
カタルシスのポイントは一貫性の合理で、胸糞はダブルスタンダードだと知りました。
それと、
隣国の社会は家族神話健在なんだなぁと、感慨深く。
また、家族の情愛では心動かない自分を再確認しました。
 
 
別に、胸糞ではなかったな。 

面白かったですけどね。
ラストどっちなんだろうとか、どうでもいいですよ。
二人は幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし、でいいじゃん。
  
悪役とか金持ちの記号的なところは徹底してて、韓国映画のいいところ。
日本みたいな曖昧さや人間味を垣間見せるとか排除してて、
そして金持ちに予算掛けてて、清々しいです。
 
最後アジト乗り込んでくところは、
手下とのアクションいらないんじゃない? 長えよ。
あと、秘密にしても、どうせバレるだろいずれ、そんなに懇願しても。
とりあえず、適当に誤魔化して、
バレたら、知らぬこととは言えごめんなさい、もうしません。
で、よくね?
そんな必死になっても、意味ないよなぁ。
関係壊れるときは壊れるもんだし人間なんて。
ショック受けるのは分かるけど、
秘密にすることそんなに必死こいてもねぇ。
 
まぐあうシーンは、切なくて悲しくて美しかったので、
余計に、主人公に感情移入出来なくて、そこは興ざめだったな。
別に胸糞な感情は沸かなかった。残念。
よく出来た作品だけどさ。
 
  
それはさておき、
 韓国では、
 家族というものは、揺るぎなく信じられている存在なのだろうか?
という疑問が頭をよぎって、何本かアマゾンプライムで観ることにした。
 
 
あの顔の國村隼をキャスティング出来て時点で、勝ちだけど。子役も凄いね。

わからない部分も多く考察とかも検索しました。
私もゾンビはいらないと思う。
「八つ墓村」+「エクソシスト」だけの方が完成度高かったと思われ。
幻覚に襲われた人多発してる時点で、洗脳的なメタファーは充分だし。
ゾンビはちょっとチープだし。恐怖の質が違う。
とにかく長えよ。
 
脚本には疑問はある。メタファー好きすぎて設定に矛盾感じてしまう。
逆に映像は端正で丁寧。
 
悪魔祓い的な人が三人。
 國村隼 謎の日本人
 無名  謎の女
 日光  招聘された祈祷師

この三人で、
藪の中的な終わり方するため、解釈はいろいろできるように作ってますが、
最初からグル、カネ目当ては、破綻してるね。 

カネ目当ては、目的の割には手段が死人多すぎ、間尺に会わない。

國村隼が黒魔術で、日光が白魔術のコントラストで、
日光は國村隼を悪魔と認定し呪い殺そうとする。
呪い殺そうとするのは別のちからと辻褄合わせしようとしてる考察もあったけど、
それは作劇として駄目だよ。
 
無名のラストのセリフも時系列がおかしい。
厄災の犯人と疑って挙げ句殺したのだから。
殺したから厄災に会ったでは説明がつかない。
 
素直に解釈すれば、無名だけは村の味方で、
日光は戻ってくるところで、悪魔に乗っとられた。
と納得しようと思えばできるけど、上手くはない。
 
カットされたシーンがグルのシーンだという考察もあったけど、
カットされたんだから、カットすべき理由もあったんだろう。
正解である根拠にはならんよ。
 
役者と映像は素晴らしいけど、脚本は上手くはない。
上手な謎というより、ブレと雑味も感じました。 
 
 
國村隼が裸で悪魔的な行動とるシーンはラストの悪魔も含めて、
幻覚や噂のイメージや、回想で現実でなく、
現実は、轢き殺されている。人間だから復活はしない。
と、観る方が妥当と思われ、
 
敵対してるんだから、
マグダラのマリアとか、パウロとか、あんまり上手くないと思う。
仲悪いトリニティとか上手くない。

昔、これ読んだので、

なんとなく何をモチーフにしてるか意識出来たけど。 
 
 
その前提で、ゾンビは無視して、
全部幻覚キノコのせい、でもいいんだけどさ。
 
私は、
 三人の悪魔祓いが居て、それぞれ村を悪魔から救おうとしてた。
 ただし、互いに反目していた。
って、解釈するのが、一番収まりがいいと思う。
 
写真撮るのは、
白魔術も黒魔術も表千家、裏千家みたいな流派の違いってことで、
どうでしょう?
 
 
救済を唄う宗教が分裂して殺し合うの、ありふれた話だし。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教でもいいし、
 正教、カソリック、プロテスタントでもいいけど、
 
韓国の宗教事情はわからないけど、日本なら、
國村隼がイエズス会で、無名が日本土着、日光がフランチェスコ会、
ならしっくりくる。
神社やお寺からすると、イエズス会もフランチェスコ会も同じ異教。
ただし、イエズス会とフランチェスコ会は仲悪い。
 
主人公のお父さんは誰か一人でも信じきっていれば、救われたのに、
全部疑ってしまった。
無力なのに、父親という関係性にだけは最後までしがみつく。
 
まあ、結論は、
 信じられない洗脳は全部悪魔で、 
 信じたものも機能させる能力がなければ、良い結果は出せない。
って着地でいいんじゃないかな。
  
 
韓国ってサザエさんより、家族神話が堅固なのかな。
ご先祖様はどうなんだろ。 
キリスト教は土着の宗教滅ぼしながら、支配拡大してくけど、
日本では、それ恐れて追い出した。
先祖代々の土地とセットで生きてた当時の日本人は、
ご先祖様は救済されない神様を信じなかったとも言う。
輪廻を認めない一神教の弱点とも言われる。
  
 
で、
家族のテーマを観ようとしたら格差がテーマだった。
その方がメジャー受けするのもわかる。

脚本も上手いです。細部に神宿ってます。
これは、気づかなんだ。

いろんな考察に異論もなく、
 
脚本、美術、撮影だけじゃなく、役者さんも皆素晴らしい。
特にジェシカ役の女優さんの丁度良さが、ツボでした。ファンになってしまう。

やっぱり、
格差を描くには、美人過ぎては対比しない。目はそのまま。
男前だ。

剛力彩芽さんがZOZOの前澤前社長と付き合ってたの何故か思い出した。
日本じゃ実力派女優になるより、そのルートで富裕の階段登る方が現実的か。
余計なお世話だけど、別の世界線のほうが、、
 
ま、とにかく、
内需の国とは違って、
国内マーケットだけではパイが小さく、椅子取りゲーム。
能力があるだけでは報われない。

外に目を向けるしかないが、
逆にグローバルに成功すれば、島国とは規模が違う。
 
あれが全部セットというのは、凄いね。予算が違う。
 
 
和をもって尊しとなす国では、競争はそこまで激化しない。
成長より安定。摩擦を避ける。結果平等的だし。

映画は、 
優秀でも、チャンスに恵まれるかどうかは別と描く。これが秀逸。
その方が世界標準なのかもしれない。
日本だと、それは描けないか。
ドリームはなくても、価値提供に見合う結果は得られるか。
努力は必ず報われる国はガラパゴスかもしれない。
 
まあ、日本が世界と伍してく必要もないとは思うんだけどね。
生き延びられる、独自の進化さえ選択できれば。 
 
  
三組の家族(夫婦)が出てきますが、 
みんな仲いいですね。
金持ち家族は微妙だけど、機能不全というよりはコントラストとしてで、
より印象的なのは、
失敗したお父さんでも、息子はちゃんと尊敬してるとこ。
名優の名演技も相まって、美しいものを見た。そんな気になります。
 
機会の均等もなく、競争は苛烈でも、
家族は機能してるんだね。 
万引き家族」や「ジョーカー」と比べられるけど、
描いてるのは別のこと。
家族の機能不全な貧困が登場するのと、格差を描くことは別のこと。 
 
格差是正は訴えるが、虐げられる子供の現実はスルーするクレクレなオトナは、
私は決して人間として信用しませんけどね。
 

閑話休題。
個人的には是枝監督が描く、機能不全家族の方が心に染みるけど、
ストレートに格差描いた方がリベラルなハリウッド受けもいいだろうな。
 
日本人がやっかみ言うのは、ちょっとな。
 反日なのは、悪意じゃなくて、ナチュラルで、リアルな韓国。
 そういう隣国との関係なら正直に表わしてくれた方が、
 個人的にはそれでいいです。
 映画で違う文化圏のこと知れるのも楽しみだし。

 買収でアカデミー賞買ったって言われても、
 作品の出来が良すぎて。素直に褒めてしまうよ。

 
話戻すと、
ストーリーに驚きは無かったよ。
更に真の地下があって、という展開は見事だったけど。
 椅子を騙してぶん取ったのは罪だし、 
 いずれバレる。いつまでも続くものじゃない。
それなりに悪い結果が来る結末をどうするのかなと、観てた。

   
一番感心したのは、「匂い」でなく、
金持ち父さんが、息子の誕生日サプライズに「これは職務だと」言ったところ。
もともと富裕家族は正当に価値提供に対して対価を払う。
が、ここで罪。ダブルスタンダードの搾取を唯一犯してしまった。
 
 いままで散々、公私の区別を説いておいて、
 これはあかん。
 
公正だったはずの人が罪人となるその一瞬、
名優貧乏父さんの演技は卓越。
驚きと絶望が殺意への滑走路となることを観るものに納得させてくれる。
 
合理は道徳というけど、
ご都合な人にモラルはない。善人ぶるならなおタチが悪い。
息子への愛情に負けた。
 
 
関係ないけど、サプライズは要らない。
サプライズが嫌いです
https://cakes.mu/posts/31963

サプライズというと「本人に内緒でサプライズパーティを準備する」などがイメージされますが、その番組に登場した若者達(笑)は、なんと「映画やドラマの結末も知ってから観たい」と言っていました。

それは、とても良くわかる。共感します。
結末知らないように、アマゾンプライムは観ましたけどね。
 
無理やりドンデン返しやろうとして、
それまでの雰囲気とか、物語の整合性を犠牲にする作品も多いんですお。
 チェンソーマンの最近はあまり感心しない。
 敵役の計画はジュラル星人のように回りくどい。
 
破壊するに値するほど、驚きが上回るかな。
作劇側がモラルを失っただけじゃないか?
手段が目的化してないか?
ヤルなら、スレッサーのように切れ味鋭くやってくれ。

ああそうだ、「来訪者」のように。

「パラサイト」観てて、思い出したよ。
余韻が好きなんでしょうね。
ぶち壊しの邪魔が入るのあんまり好きじゃない。
サプライズやるほうが、自己顕示欲満たそうとしてるみたいで、
驚きが至高という訳じゃない。
味付けが濃いだけで、雑なのは嫌い。
 
ま、予算も役者も演出も揃ってるのなら、
脚本が全てだなぁ。
 
そんな感想で、家族が肯定的なのばかりでした。
 
 
他にも、日本公開時に興味惹かれた「ありふれた悪事」も観ました。
家族仲いいですね。
 民主化と官僚の腐敗がうーん、別の問題に見えて、リンクしてない。
 GHQの洗脳みたいに制度に期待しすぎ。
 それと親友売っておいて、正義は無理じゃね。
庶民の生活描くところは良かったけど。やっぱ脚本が、、
  
家族の機能不全探して、ようやく、「息もできない」見つけましたが。
結局、家族なんだな。
 脚本も最後は逮捕されないのは、いくらなんでも。
 逮捕されるとこで、ヒロインが絶望と安堵両方を得るってことで良かったはず。
堀井翼似の主役兼監督さんは良かったけど、
繰り返しが長いし、結末がヘン。脚本がねえ。
 
 
まあ、韓国映画三昧。楽しく鑑賞しました。
マーケットが世界ならアジャストするも良し、
内需で生きてゆけるなら、ガラパゴス化するも良し、
 
この世は適者生存ですね。

結論、隣国はまだ家族が機能している。
多分私は、選んで日本に生まれてきたのだと、思う。 

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