「シュルブールの雨傘」妥協なきルグラン (♡p>ω<)尸 映像・音楽・演者の三色旗♪ 英語じゃダメよ「ふらんす物語」。


前回の続きでもあるのですが、
映画音楽といえば、この作品。
 
テーマ曲が有名は、幾らでもありますが、
音楽が主役で、映画史に燦然と輝く唯一無二。
 
折角の資本投入なら、ちゃんとした専門家に適切なオファー出せよと、
不満が残ることも多い。

カラフルな雨傘は、明確な意思表示ですが、
なぜ音楽監督、専門畑から連れて来なかったのだろう。
 
しつこいけど、無謀ですよ。軽装の冬山登山みたいで。

 歌は上手いんだよなぁ。。
 
 
わざわざ足を運んで、おカネ払って、暗闇に動かず2時間。
それに値する対価を期待して、映像と音響の装置の中に身を置くのだから、
下手さに不満感じるようでは、投資の失敗。
 
光るものが一つでもあれば、と観る独立系手弁当とは違い、

 
 
それなりの制作費なら、
映像と音楽と演者の三位一体で、観客である私に満足を齎してくれ。

セリフと音楽は無い方がマシと思わせないでおくれな。
  
 
 
そんな日々、文芸坐でミシェル・ルグラン特集の好機を得る。


今後も、
バート・バカラックとか、

ジョン・バリーとか、

映画音楽特集組んでくれたら嬉しい。

なにはともあれ、
累々たるオマージュを産んだ本作は未見で、最優先。
 
 
 《 開演 》
 
 

ここまで、徹底しているとは想像を超えてました。
セリフも全て、メロディに載せてると聞いてましたけど。

カトリーヌ・ドヌーヴが超絶美人なのは知ってましたが、
歌も上手いのかと見紛う程、アフレコでも1ミリのズレも許さじ。
妥協なき、ミシェル・ルグランが恐ろしい。

 
「アクエリオン」の菅野よう子も厳しかったと聞きます。
正解を示せない程度の能力だと無理なワザ、
生半可な情熱と体力と才能では、コンプリート出来ない偉業。
 
  
色鮮やかな画面は、セットでなく、
本物の街並みを塗り直した。と後で知った。
映像も妥協なき、ジャック・ドゥミ。

 
 
反面、ストーリーや演技で余計な事はしません。
見どころは明確なのですから、雑味は足さない。
充分な引き算ほど難しい技能で、
才能が揃って初めて、この完成が成立する。
映画館で、奇跡の結晶を鑑賞出来て幸運でした。
 
逆に、
己を知らぬ者の戦さは危うい。予算が巨額なだけに恐ろしい。
期待しちゃうことも、予告の段階で見切ることも数多。
歌ものは、音楽の監修は誰か、予め確認が必須ですね。
 
 
成功例で、連想した作品にも触れます。
 1.定番と交換可能な愛「ロボットドリームズ」
 2.クラシカルよりジャジー「カウボーイビバップ」
 3.街並みと色彩「トリツカレ男」
 4.海峡と国境の街、英語じゃダメよ「ふらんす物語」

定番かつ有名だし、ネタバレ気にしません。
 
 
1.定番と交換可能な愛「ロボットドリームズ」
 その方が説明し易く。ネタバレします。

 時代背景は、第二次大戦後すぐアルジェリア独立戦争の頃。
 昭和30年代に、20年代を描いている。
 シュルブールは、
  ブリテン島との海峡に近い港町。対岸同様に潮の流れから降水量多い。
  長くノルマン人の拠点で、
  ブルグという地名はフランス語ぽくない。
  ジャンヌ・ダルクの時代に北方の支配者を海峡の向こうに追い払い、
  ヒトラーからフランス奪還に当たり、連合軍は此処に上陸作戦を展開した。
  
 水兵がエキストラで登場することから、軍港と知れる。
 ここから、北アフリカへ出撃したのかな。
 日本で言えば、横須賀か佐世保。
 隣国との海峡に近いことを思えば、佐世保だと思えば良し。

 
 パラソル屋さんの娘カトリーヌ・ドヌーヴの恋人に、
 自動車整備工の若者。
 
 1幕目で歌に載せて状況が分かり、召集令状が届く。
 2幕目で、
  ヒロインの妊娠が発覚するも、
  ジャパネットの御曹司のような好条件からオファー。
  やり手でお金持ちでハンサムで、
  その上、他の男の子供が居ても構わず求婚。
 3幕目は、兵役から帰還して、二人の別々の人生が描かれる。
 ラストは再会から、別れの挨拶。
 
 有名なテーマ曲と共に、
 オシャレ全開のオープニングで監督も音楽もクレジットして、
 最後にテーマ曲がひとしきり流れ終幕。
 エンドロール無しの潔さが、古き良き時代。

 
 メロドラマのド定番。  
 と言うより、むしろ伝統的で、
 舞台劇を意識して、フランス演劇フォーマット通りの三幕もの。
 と見るべきでしょうか。  
 混乱の無いスッキリとしたストーリーは見易い。見どころの邪魔をしない。

 反戦映画では無い。定石通りのロマンスものですが、 
 それだけは終わらず、
 その後の人生はどちらも、それなりに幸せそうで、交換可能な愛を描いている。

  ああ、おフランスのモダン。左岸派?
 うーん、単純な大衆娯楽に見えて、一筋縄では行かないかもしれない。

 「ロボットドリームズ」は、
  セリフ無し、音楽と動きだけで展開してゆく。
  捨てられた一方も、最後ちゃんと幸せを掴む。
 本作を意識していたんじゃないでしょうかね。

  80年代に、アース・ウインド&ファイアーは違うと思うけど。
 オシャレアニメは感動ポルノじゃない。

 戦後はドライだなぁ。でも寧ろ爽やか。 
 定番の悲劇にしなかった事は特筆なのに、
 エモい楽曲に隠れて、あんまり話題に成らない。
 
 悪役を作って、負の感情に振ったりしない。
 それすら邪魔ってことか。 
 お話は展開だけでいい。
 監督が脚本も兼ねて、狙いは明白。
 
  
 巨大な予算の果てに、
 色んな人が要求する、いろんな要素盛らざるを得ない。
 それで不評なのが、一番の悲劇だと、本作は教えてくれます。
 そして、
 予算潤沢なのに、必要な才能の登用ケチっては行けない。

  ガガのオンステージで、歌って、踊ってメフィスト役で、
  それすら妄想だった。
  とホアキンが最後に気付く。
 そう特化出来たら、評価は全く違っただろうに。 
 音楽にミュージカルの専門家登用するのは大前提だけど。
  
 実は、引き算の中にこそ、多くの工夫が有ると、
 改めて教えてくれる。
 現代では、ステークホルダーが増えるほど至難。
 
 
 
2.クラシカルよりジャジー「カウボーイビバップ」

  才能の投入の重要さを教えてくれるといえば、連想してしまう。
  色彩の設計は意識してると思われ。
 菅野よう子も厳しかったと聞く。
  
 ビバップと言うくらいだから当然だけどJAZZ。 
 ミシェル・ルグランもジャズ畑の人だった。

 
 ヨーロッパ発のミュージカルなら、
 クラシック寄りかと思いきや、

  英国人と違いフランスは何故かJAZZが好き。
 
 アメリカとも、違うんだよなぁ。

クラシックの巨匠の作だもの。
 
 自由ってことか。
 しっとりよりも、軽快でテンポ良くを好むよね。
 ベタベタしない、自立した近代味が、そこかしこに香る。
   
 
 
3.街並みと色彩「トリツカレ男」

 風船の色彩と、ヨーロッパの街並みにミュージカル。
 本作を意識してると思うし、才能の投入も成功してる。
 
 企画としての成否はまた別かあ、
  絵柄で遠ざけてしまったのと、
  ドヌーヴのフェイスを抜擢したのでは、
 雲泥の差と悔やまれる。
 
 
 ま、それはさておき、
 オシャレな色使いは、今では目新しくは無いかもしれないが、
 当時はどうだったのだろう。

 色彩に関しても、無駄に情報量多いと凡庸に感じてしまう。
 (スペック上げる事だけ評価される風潮、終わって欲しいなぁ)
 
 1939年公開の魔法ものが、カラーの力を魅せつけた最初と言われてるようです。 

  戦隊ものの色分けは、これが起源かもしれません。
  戦前はアメリカでも、特撮は70年代東映なみに命懸けだったらしいです。 

 おフランスだと、豪華さよりもオシャレ優先という気がしてしまいます。
 スペクタクルよりセンス。
 絵空事を、単純化した色彩で美しい絵空事に描く。
 それは本作が始まりと納得しました。
 
 
 
4.海峡と国境の街、英語じゃダメよ「ふらんす物語」
 どんだけ歌が上手くても、

 母音の多い日本語は、流れるようなこの曲に、ちょっとなぁ。

 英語でも違和感有り。ムードが出ない。
 それに、趣旨が変わってないか? 
 ”あなた無しでは..” という嘆きの歌じゃないの? 
 
 ここはフランス語で歌ってよ、言葉の響きが全然違う。

  
 
 この時ばかりは、文豪の偏見に賛成してしまった。

 永井荷風は、
 パリから日本へ戻る途中、ロンドンにて、
 英語を貶し、フランス語の響きを惜しんでいる。

この年月自分はフランス語の発音そのものが已に音楽の如く耳に快い上に愛嬌のいいフランスの町娘ばかり見馴れていたところから、
ぶっきら棒なイギリスの下女の様子と共に英語に特有の鋭いアクセントが耳を突いて、
何の事はない、頭から叱り付けられるような気がするのであった。

 食事も気に入らず、トリコロールの旗の立つ、安食堂に入る。
 そこで、パリジェンヌを見つける。

イギリスの食事はパンから珈琲から、とても口には合わない。
さりとて贅沢な料理屋へ行く事も出来ぬ身分、
今宵始めてこのフランス人の安料理屋へ来て見たとの事であった。
 「ロンドンは如何です」
「陰気な処です事ね。珈琲一つ飲めないんですもの」と淋しく微笑んだ。

 ま、紅茶飲めよとは思うが、イギリスなら中華屋が無難だろう。
  
 確かに、日本語を西洋の音階に載せるのは困難だけど、

ヨーロッパの歌は唄いにくい。日本に生れた自分は自国の歌を唄うより仕方がないのか。
自分はこの場合の感情――フランスの恋と芸術とを後にして、
単調な生活の果てには死のみが待っている東洋の 端 れに旅して行く。
それ等の思いを遺憾なく云い現した日本語の歌があるかどうかと考えた。

 いくら何でも、自虐が過ぎるが、
 日本語の歌詞をどう扱うべきかは、戦後まだまだ格闘は続いた。

自分は全く絶望した。自分はいか程溢るる感激、乱るる情緒に
悶えてもそれを発表すべくそれを訴うべき音楽を持っていない国民であるのだ。
かかる国民かかる人種が世界の 他 にあるであろうか。

 
 それはさておき、
 本作が、アメリカンなミュージカルではなく、
 フランス産だったことは大きいと思う。
 悲恋も、軽妙に流れるように。
 
 健全さが求められるアメリカで、
 この残酷な絵空事は描けなかったと思う。
 本作は、奇跡のバランス。
  
 
 

メロディはエモいが、内容は意外にドライ。
音楽の力を思い知らせる。
 
 
 
2026.02.05 23:00現在
 20MAに支えられ、中心線は上向き。
 何と言っても、選挙の結果待ち。
 自民圧勝なら、一旦バンドウォークするかな。

 

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