歴史的国政選挙の日に歴史的映画を観る。
大雪の中、投票に行くついで、
折角だから、シネコンのクーポンも利用しようと着席。
明るい幕前の長い予告見てる内はスカスカだった。
まばらな客かとの予想を外し、あっという間に8割近く埋まった。
大昔、よく分からないままTVで体験し、
配信で見直して記憶を再確認した作品。予習復習も済。

今回スクリーンで観れば、また印象も違うと期待した。
良い音響も楽しみだ。
《 鑑賞 》
長いっす。ウトウトしました。
言葉で分かりやすく伝える訳でじゃないけれど、
説明はクドい程。映像の情報は密度濃いけど、展開のスピードが遅い。
分かったから、話進めろよ!
なのに、映像が凄いので、
休憩と終幕、場内が明るくなる時には、
もうそんなに時間が経ったのかと、
時間が伸縮する感覚を味わう。光速移動してるかの如く。
過去の印象も若干修正が有り。そんなこと語りたい。
シンギュラリティという言葉が身近な現代なら、
そんなに難解とは言われないかも知れないし、
逆に、
今なら他責な客が、”説明不足”と騒ぐ気もする。
ハードSFは冷戦時代の賜物と、改めて想ったり。
ネタバレしてると思いますが、今更と気にしません。
気になる方は、
是非このチャンスに、スクリーンで鑑賞後に一読を。
第一部 構成と今回の印象、あらすじ順
1.1.人類の強制進化
1.2.宇宙旅行時代の描写
1.3.月面モノリス(箸休め)
1.4.惑星探査船の描写
1.5.AIミステリー
1.6.領域展開 惑星の起源(箸休め)
1.7.精神と時の部屋
1.8.解脱ラスト
第二部 要素ごと おさらい
2.1.テーマと非キリスト教と科学信仰
2.2.音楽と担当の降板
2.3.説明無用と不足、旧立憲のような他責
2.4.敢えての編集と公明の罠のような策士
第一部 構成と今回の印象、あらすじ順
いきなりの初見は、何だか分からないまま終わってしまいます。
あらすじとテーマくらいは、予習してしまった方が無難でしょう。
続編の存在も知って良い。(「2010」との比較は後述)
展開を知ることと、
本作を映像で鑑賞することは、
全く別の体験なので、Wikipediaくらい読んじゃっても、
展開で驚けなくなる悪影響は軽微で、
理解の補助というメリットが、上回りますかね。
物語は、
あんまり機能しない作劇で、考察しても役に立たない。
テーマについては、自分で勝手に解釈だけ、
正解を求めても意味が無い。
映像に、ただ圧倒されていれば充分。
とも思います。
で、
展開を追いつつ、今回見直した印象を。
1.1.人類の強制進化
SFヤるのに、何でゴリラ?
チャンネル間違えたか。大昔の初見を思い出します。
今観ると、
CGでなく、着ぐるみにも見えないのは、
大変高度な技術水準だと驚きます。
表情の制御は、特殊メイクでも、CGでも不自然になりガチ。
当時のアメリカの技術の粋と資本力を、まざまざ魅せつけられます。
あらすじ知ってると、
安心して展開追えて、
鉄砲持ったピューリタンの開拓団が、
弓と石斧の先住民を蹂躙してく様を彷彿させます。
一方で、
人類の発展はテクノロジーとして描かれ、
神官政治による統治とか、
貨幣による経済の発達と貯蓄性とか、
技術以外の社会システムには焦点が当たらない。
「SonnyBoy」で法の精神が描かれるのとは、対照的だった。
どっちも、テーマは卒業だったね。
戦争と疫病のくだりは、ツダケンが犬でタルコフスキーだったね。
それはさておき、
米ソ宇宙競争時代のアメリカの威信を、これから観るのだと。
気を引き締めて準備します。
ちょっと長い。ウトウト。
ホモサピエンスは強制的に進化させられ、
イノベーションと戦争は常にワンセットで、
それは冷戦時代も続き、これから未来の話を始めるよ、
という前フリは分かるけど、
そこまで存分にやらなくても。
ご存知、
オープニングで、有名なリヒャルト・シュトラウス掛かり。
昔は、これがニーチェだとは考えも及びません。
超人思想が、
人類の夜明けから始まり、誰かの設計のように描写され、
近代はアンチ宗教(キリスト教)的で、プロテスタントの彼方。
永劫回帰は、
覚悟ガンギマリが幸福への道で、
六道輪廻というオデッセイからの解脱っぽく映像化。
ゾロアスターはそう言ったのか、
二元論は善悪の最終戦争だけでなく、
天国と地獄、
この世とあの世、
西はアブラハムの宗教へ、東は仏教経由で最果ての島国まで、
その概念は伝わったらしい。
そんなことは、全て後知恵を授けられたから想像が及ぶ事で。
”教養が無いと楽しめない”
と宮崎駿や虚淵玄に言われるなら、まだしも、
細田守ごとき、薄っぺらにと、
ロジックだけ悪用すんな、他責の言い訳すんな。
見もせず反発してしまう昨今の自分を、
映像と音楽で、これから満たしてゆこうと、座り直す。
でも長え。ちょっと眠い。
1.2.宇宙旅行時代の描写
ここで曲は、ヨハン・シュトラウスに代わります。
重力と遠心力で均衡を保つ軌道と、
悠然と流れるワルツの回転。
なぞらえたとの解釈は、正解じゃないのかい?
まだ映画評論家だった頃の町山智浩は、その解釈に異を唱えてました。
私は賛成しません。
震災にパラシュートで物資送れと、狂った主張する以前の彼でも。
曲の流れる間、宇宙旅行時代が延々描写される。
武器に限定されてません。
自分の始めた物語で壊れる前の彼は、
エヴァンゲリオンの第九のような、劇伴の効果と主張しますが、
本作で描かるるは、運行システムそのもの。
それと、
日本映画の劇伴は類型的と批判してましたが、
そんなことは、今のハリウッドに言えよ。
基準がダブスタでご都合、
反日なら反日でいいからチャントやれよ。
採用に値しない。
閑話休題。
重力をどう描くのか?
物理法則に反するワイヤーが嫌いな庵野秀明に、私は同意です。
映像の専門家が、アクションの専門家とは限らないのは、残念なことです。
カメラと根性と身体操作の日本オリジナルな特撮は、
宙明先生の楽曲と共に、もっと評価されるべきだよなぁ。
圧倒的戦力を誇るアメリカに、竹やりで対抗とは侮れない。
ああ、閑話休題。
本作1968年に、いきなり決定版が出て仕舞い。
その後、スペクタクルな方向にばかり進化した。
たしかに、これ1本でもう充分かも。
映画はテクノロジーを魅せるものではないと、
ソビエトの映像詩人が対抗しても、
スターウォーズ計画のニュースで崩壊してしまう。アメリカ一強。
1.3.月面モノリス(箸休め)
展開知ってると、ここは気を抜いて見てられます。
古来、
ヘルメットの上から宇宙空間で音が聞こえるのかと、
しょーもないツッコミが入る場面ですが、
直接脳内に波動が響くが、
反射的に耳を抑えようとするのは、人類長年の習慣。
それでいいじゃん。そんな事どーでもいい。
内容の有ること言ってくれ。
ロゼッタ・ストーンが発想の元でしょうか。
エヴァンゲリオンがモデルにしたと、良く分かります。
司令部の無慈悲も似てる。
1.4.惑星探査船の描写
特撮は模型である。
AIを描いた先見性は一旦置いて、
これから始まる1977年公開「スター・ウォーズ」
で発展する視覚効果以前のストロングスタイル。
模型と近未来のインテリア。
今じゃコスパ悪すぎるだろうな。
この時代ならではの宇宙船の特撮映像を堪能。
トップバッターが満点出してしまうと、審査基準が壊れる。
大衆性も芸術性も備えたSFも、これから終焉。
次の展開は、ルーカスやスピルバーグから。
エヴァンゲリオンでも「さよならジュピター」流れたが、
日本で大型実写SF映画は会社が逝く。
この羽田健太郎も評価されていいのに。
本作この辺は、宇宙空間の無音で、呼吸だけが聞こえる。
これでいいのだけれど、
音楽監督が倒れなければ(後述)、劇伴付けただろうか。
1.5.AIミステリー
アメリカ政府の隠蔽とか、矢追純一とか、ムーとか、
そんなテイストで、AIミステリー的解釈流行った気もする。
ま、そんな事はどうでもいいっす。
毎度おなじみ、

人間は脳の構造上、自分より優れたるものを正確に評価出来ない。
シンギュラリティという単語が身近な昨今。
現代に切実で、
責任取れない優秀も、
だた辞めるか死ぬか程度しか出来ない無能も、
厄介な存在。
自力で生きるのも、他者に選択を委ねるのも勇気が要る。
劇中、主人公は自力で問題解決を図り、任務を受け取る。
その後の展開は、
卒業試験に合格ってことなのか?
1.6.領域展開 惑星の起源(箸休め)
毎度おなじみ、渋谷事変の領域展開が真似てる。
本家では、タダの転生ではなくて、
星の誕生から生命誕生まで、創造主視点で反芻ってことなんだろうけど、
クドい。
箸休めが長えよ。
ただ、唐突さは甲乙つけ難い。
ああ、
シネコンのクーポンは不入り対策だった。
映画館側は大誤算だろうけど、恩恵を受けた。
不思議な巡り合わせを感じてしまう。
1.7.精神と時の部屋
体感は不思議で、ここから、あっという間に終わる。
近未来と部屋が対に成ってるのは理解するけど、
デザインのことは全く分かりません。
「SonnyBoy」のグラスを割るシーンから、
も一度ちゃんと見直そうと、配信で。
今回見直したら、
時間と重力の話とか、それ程してませんでした。
エントロピーが増大しないのは、物理法則が違うから別のバースで、
並行世界とは違うって、教わった気がする。
本作はただ、時間を表現していたと、私は認識した。
映像は相変わらず凄いのだけど、
一切の説明は無い。セリフでも、ナレーションでも。
渾身のセットに静寂が冴え渡る。
分かり易さの為に犠牲になるものが有り、
そういうことすらも分からないのが、人間の認知能力の限界。
駆逐したいと衝動に駆られるが、
人間という牢獄は、天国のような地獄にも見える。
1.8.解脱ラスト
ここは、監督よりも原作者の意向が勝るらしい。
私もそう解釈して観ている。

スリランカに定住するイギリス人が、
輪廻の旅路の果てに、この物質世界からの解脱。
を説いていると、勝手に解釈している。
不可知を描くことは困難で、
無視論者のユダヤ系アメリカ人の才能でこその表現。
昔の映画はエンドロール後にも映像無しで、
テーマ音楽をたっぷり流す。
これが、「ドナウ」の方なのが意外でした。
たゆたう宇宙の流転に、監督は重きを置いたのか。
SF映画の決定版を作りたかったのだね。
この完成度のものは、もう誰にも作れないや。
今後、VFXがどれだけ進化しても、
才能と時代と技術が交差するのは難しそう。
また、
そんな才能なら、既に到達されたハードSFでなくて、
その時代の新しいジャンルで表現して欲しいし。
第二部 要素ごと おさらい
語りたいことは、大体語ったけれど、
あらすじを追わずに、映像以外の感想を追加。
2.1.テーマと非キリスト教と科学信仰
アーサー・C・クラークは、同性愛者でもあり、キリスト教とは相容れない。
宗教が残虐行為や戦争を防止できない点を許すことができないと語った。
2000年にはスリランカの新聞のインタビューに「私は神も来世も信じていない」と述べ、自身を無神論者だとしている。
また自身を「隠れ仏教徒」と称しつつ、仏教は宗教ではないと主張している。
2004年8月の『ポピュラー・サイエンス』誌のインタビュー内では宗教を「精神に巣食うウイルスの中でも最も悪質でしつこいもので、可能な限り早く取り除くべきだ」と語っている
片や、
神を信じないこと積極的なスタンリー・キューブリックは、
不可知なる存在を明示的には表現しない。
敢えて、サイエンスの延長のように描いている。
荘厳ではあるが、熱を感じさせない。
如何ほど反宗教的な思想の持ち主だったのかは、私は分からない。
本作では、
説明をバッサリ捨てた。
その決断に、信条は影響を与えたはず。
多分それが、くだらないと思えたと想像する。
分からないものは分からないし、
知り得ないものは知り得ない。
確かめようの無いものは、確かめようが無い。
神的なる存在に思い入れが薄い。
クールに原作者の思想を打ち返していたのだろうな。
本来ラストは、
意識は有るが物質を保たない霊的存在へのメタモルフォーゼらしく、
それでは、
その姿を映像で表現出来ない。
それを巨大な胎児として描き、原作者は納得。
次のステージへの移行は、六道輪廻からの解脱のようで、
その現象を自然の摂理と同じく、受け止めていたのではなかろうか。
アメリカ映画と言えば、
説明的な音楽に、スグ安全に家族の美徳に着地したがる。
今では、
こんな作劇がビッグバジェットで許さるものかと不可思議で、
当時は、
核兵器という科学による人類の滅亡を恐れつつも、
神のように科学を信じていたのだと、想像もされる。
時代は、
ロシア正教の影響ベトベトな、タルコフスキーと真逆の米ソ対決。
まあ、科学への信頼もゆらぎ、宗教への回帰も起こるが。
それは60年代の時代感覚ではないのだろうな。
2.2.音楽と担当の降板
Wikiによると、
キューブリックは当初、自分の監督作品『スパルタカス』の音楽を手がけたアレックス・ノースに作曲を依頼し、前半部分まで完成したスコアの録音まで完了していた(この最中にノースは過労で倒れてしまった)。
しかしそれ以降は一切の連絡もないままノースの音楽を没にし、リヒャルト・シュトラウスなどの音楽に差し替えてしまう。
ノースがそのことを知ったのは、試写会の会場であった。ノースはこれに激怒し、訴訟寸前にまで至った。
そりゃ怒るよ、と思うと同時に、
完成しなければ、中途半端に使えないと判断したのも、
無理からぬと判定してしまう。
人間からの超越と、大河の運行。のクラシックな2曲に絞り、
宇宙空間では静寂を大切に、(今の感覚では)劇伴は控えめ。
つまんない説明をカットする追い風だったかも。
編集と音楽は、密接だよねぇ。
完璧を目指した映像で語り、極力ダサい説明は省きたい。
不可知の受け入れを描いているのだから、なおさら現代のような迎合は出来ない。
映像を台無しにはしたくない。
逆に多少退屈だろうと、映像はたっぷり魅せたい。
そこに、狂気は感じられない。
冷徹な合理の精神ばかり感じてしまう。
感動するのは、狂った監督の方なんだけれど、
兎にも角にも、
シュトラウスで揃えて、説明を省き、正解だったんだと納得。
2.3.説明無用と不足、旧立憲のような他責
この歴史的映画は、
意味を説明する気はサラサラ無く、
あんたらを分からす義務も責任も、作り手には無い。
そう言わんばかり。
これを、”説明不足”と形容してしまう思考と、
ニュースによると、
政党政治を否定するかの如き節操の無さを見せつけ、
挙げ句に、歴史的大敗の結果を受け、
落ちたのはネットのせいだと、
他責の極み。
同質の認知の歪みと、今回感じられた。
言い訳する時が、人間は最もクリエイティだと言うが、
見物料払って、映画館に出掛けてまで、そんなこと、せんでも。
分からないものを観た。
だと、何か問題が有るのか。
人間には限界が有り、
分からないことは分からない。近代科学とはそうしたもの。
別に不都合は無い。
それを本人が認知出来ていれば。
ま、映像は相当に饒舌なので、
逆に、映像の情報量も最小のオシャレ映画が観たくなった。
ああ、今リバイバル公開中のは、どうだろう。
満漢全席の後は、そうめんがイイな。
2.4.敢えての編集と公明の罠のような策士
映像は饒舌。筋書きも秀逸。歴史的な作品。
ホクホクのテッカテカ。
きっと願望を排除した、精緻な分析が行われている。
選挙のプロだなぁ。
人間は弱いもので、欲と不安には勝てない。
落選で無職は怖い。
そこに忍び込むのは、得意技なのか、
科学と宗教のハイブリッドは圧倒的な力を産む。
本作は、情動的なものを極力排除してる。
それが一方で、SFの衰退の要因かな。
人間だもの、いずれ感情的なものに回帰してしまう。
核の傘の不安もあれど、基本希望に満ちていたんだと思うよ。
人類の進歩を称えた大阪万博は本作の2年後だもの。
これから、カジノ建設動くかな。
(キングボンビーの手引で連立組むとは思わなんだ。)
科学と希望、不安と宗教は、相性が良い。
それはさておき、
説明過多を観ると、作り手は自信が無いのかと思えてしまう。
続編はTVで観たが、恐ろしいほどつまらない。
意味が無いと、不安なのかな。
そんな覚悟の無さに、わざわざ付き合いたくない。
敢えて説明しないという作戦は、根拠の無い自信ではなく、
綿密な計算に基づく作戦だと思う。
信念も能力も有るって、素敵ね。
近くで仕事したら大変そうだけど。過労で倒れてしまう。
まあ、人間だもの。
理解という安心にすがりたいのは、
旧立憲の議員が組織票を頼るようなもの。
それを理知的に拒否している。
まるで宗教を否定するかの如く。
感動とはまた違った、厳かな気持ちになりました。
説明されないと気が済まない人は、観ないほうがおトク。
覚悟こそ幸福。一巡してそんな感覚を得る。
時間は勝手な概念で、運命はキマっているのかも知れない。
2026.02.11 07:00現在
とりあえず、バンドウォークするわな。
予算案で、積極財政か減税か、何らかの違いは見せたいが、
無難に予算通過すれば、下落は先だろうな。
物価対策に効くか不明だけど、株価は上がる。
アメリカの利下げや関税で動きあれば、そのときに反転と想定中。
