「青春の殺人者」長谷川和彦演出と内ゲバ自滅の時代

日曜の朝は晴れ、
折角だから、長谷川和彦追悼特集から、

売れる前のゴダイゴも乙かと、もう1本。

 70’sロックのテイスト。そしてセンス光る。
 
 
 《 開演 》
 
 
衒い全開の長谷川和彦演出と無茶な撮影。ほんとに燃やしたのか。。
それだけでも、観る価値充分。
  
人間を乱暴に扱わなければ撮れない、振り切った目眩く映像。  
 陰惨な昼の殺人から、 
 煌びやかな夜を映し出し、
 それから、空虚な夜明けへ、
スクリーンで鑑賞出来てよかった。
  
バイオレンスで荒々しいのに、センス豊かな画作りは、
他に居ない。両立しない。
ちゃんと娯楽映画するのだけど、アート溢れる。
  
 
時代が下れば、
 撮影許可と予算が下りない。
 独立系で映画製作を続けるのは難しい時代になる。

 長谷川監督の元に、企画は幾つも舞い込んだらしいが、折り合いが着かなかった。
もっと昔の映画黄金時代に生まれていたら、
別の思想で、クリエーターとして花開いただろうか。
  
結果的には、
この時代にしか生まれえない、
主人公はエネルギーを虚しく暴発させて、敗走する。
そんな2作品を残したのみ。

(クレジットされない職業演出家として仕事は続けたらしい)
合掌。 
 
 
そんな、貴重な長谷川和彦作品。 
やりたい放題の演出を楽しめば良いだけなのですが、
モチーフと時代背景の理解は、多少必要かもしれません。

そこだけ、蛇足ながら。(ギリネタバレ無し)

 1.モチーフ
 1.1.楽園追放
 1.2.ギリシャ悲劇 オイディプス王
 2.時代背景
 2.1.左翼運動
 2.2.映画産業

 
若干、ざっくりとした感想の後で。  
 
原作は未読です。
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 小説は、人間のサガや猥雑を強く描き、演歌のような情念。と想像。
 映画は、監督のアナーキーな思想全開。70’sロック風ゴダイゴ。

メジャーになる前のゴダイゴの楽曲を、此処ぞと使い所をわきまえる。
70’のテイスト残しつつ、厚みある音で、ああアイドルとは違う実力派。

 堺正章、ミッキー吉野がGS繋がりで、
 ショーケンから「傷だらけの天使」で水谷豊。

 
本作の主役に水谷豊のキャストはホントに会心でしょう。
 悪人に成りきれない微妙な善性も醸し、
 思慮の足りない、思い詰めた若者を体現。
他にはちょっと居ない。  
 
市原悦子は稀代の名優。狂気の母親役。合掌。
荒々しいのに精密な、狂った演出に全霊で応える。

「国宝」の劇中劇も、蛇は逃がしてくれない。
前半の殺人シーンこそ、映画館で観て、衝撃。
 
 
 
1.モチーフ
 親子と言えばオイディプス王を連想させる。 

 1.1.楽園追放
  劇中のセリフでも、
   ”イチジクは性器を隠す葉っぱで、淫らなメタファー”
  と説明されますが、
  ヘビ、イチジクは楽園追放で、聖書からのモチーフ。

  若い恋人は、どちらも親ガチャ失敗で、
  その上に行き場を失う。
  知恵が増したのか、隠蔽工作に励む。
  しかし逃亡劇に非ず、
  行き場を失い彷徨い、結局アジトに戻ってしまう。
 
  
 1.2.ギリシャ悲劇 オイディプス王
  原作未読の為、明確なことは言えないけれど、
  映画はギリシャ悲劇を仄めかす。原作に無いゴジ長谷川オリジナルかな。

  ああ、
   「センチメンタル・バリュー」もギリシャ悲劇で始まり、
    親子の葛藤だった。
  市原悦子と水谷豊のシーンは愛憎凄まじく。
  神殺し親殺し、近親のタブー。そして追放は、ギリシャ由来ですね。
  確信無いけど、ロシア文学もギリシャ正教経由と思われ。
   
  親離れ、自立独立のメタファーでもある筈だけど、
  昭和団塊の世代は、
  同族を殺して、行き場無いまま。
  中には、成田から楽園へ飛んだ者も居るかもしれない。
 
 
殺しも殺されもせず、生き延びた自分を褒めてあげたい。
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この遺伝子は、自分の代で食い止めねば。
  
 
 
2.時代背景  
 脚本の「青春の蹉跌」は1975年、
 自身の監督の本作は1976年公開。
 
 2.1.左翼運動
  どちらも、 
  行き詰まりを見せる左翼運動が内ゲバを起こす時代を色濃く反映。

  ちょうど、中核派書記長内ゲバ殺人事件の頃。
  「青春の蹉跌」より直接的、暴力的に自滅してゆく様を描く。
  打算とか、小賢しい言い訳無用。
 
  時節柄、
  辺野古の方々の若い頃を想像してしまう。

  小舟に高校生ミチミチ。シケの波も風も、物ともしない。省みない。
 
  直情的で荒々しく、破滅的な生き様を描きます。
 
 
 2.2.映画産業
  映画産業も衰退期。転換期の狭間、
  日本では角川映画、アメリカではスピルバーグが登場。


   映画音楽がタイアップ有りきになるのは、もっと後ですね。
  
  本作、ATG製作で、アート系ミニシアターの先駆的存在ですが、
  この時代、評価の高い作品を輩出しても興行は厳しい。
  マスな大衆娯楽に飽き足らず、趣味趣向が細分化してゆくのは、
  80年代以降。
  ATGで一般に受け入れられたのは、大林信彦、伊丹十三かと記憶している。


  合掌。 

  本当に、 
  飄々と狂ってる鈴木清順とつくづく対照的。

   ↑これぞATGのイメージ。
  
 
  
脱力って、大事だね。

力の入れ所と、抜き所。間違うと死活に関わる。
 
 
映像、演出については、観てもらうよりなく。。
で、蛇足を一つ加えるなら、
転換期の時代の空気。その呼吸は感じたい。
 
 
  
Morning Afterとは、
醒めて後悔の意。転じてあとピルの隠語。知らなんだ。

 こうメジャーに成ってゆくのは、日本のロック転換期。
 歌謡曲でも、ニューミュージックでもなく、無国籍。
 ロックだけど、ポップ。なのに濃い。
 J-POPでは、再現出来ない時代の空気。
 
 
 
2026.04.05現在
 20MA直下で待機、
 戦局次第ですが、
  上値は5万4千円台で抵抗されそう。
  下値は-2σタッチまで。
 を想定し、その付近でつなぎ打つ予定。
 ビビって利確は出来そうにない。

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