「鍵から抜け出した女」土ワイの楽しさ、「脳が読みたくなる」脚本の鉄則は身に付けよ。「プペル2」も認知の歪み

特異な若き才能に出会えるかもと、ファーストデイは聖地シネマ・ロサへ。


監督の舞台挨拶付きで(後述)、23時近くまで長居してしまった。
 
土曜ワイド劇場のような、懐かしの画作り。

これを手弁当系でと、挑戦的な試み。

キャストは佐野史郎以外知らない。 
近年、積極的にインディ作品に力貸している
そういえば、別の監督の似た役柄今年鑑賞。 
聖地から始まる神話も生まれるので、私も積極的に応援したい。
 
逆に、
キンコン西野は問題意識を勘違いした結果、爆死と見ている。(後述)
口コミで勝つ(弱者の)映画って、そういうことじゃないよ。
それは結果論じゃない。 
 
閑話休題。
期待を胸に、雨の夜、池袋西口へ。

 
 《 開演 》
 
 
うーん、
確かに、技術的問題のようですが、
音響のバランスが壊れている。音楽は悪くない。
まあ、今後の課題だと寛容に鑑賞します。
 
 
原作(原案)は鑑賞後に斜め読みしました。
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なるほど、
荒唐無稽な冒険もので、
江戸川乱歩原作の土曜ワイド劇場の雰囲気を伝える。
ただし、
アクションでも、探偵ものでもない。SFとも言い難い。
辛うじて、スパイものに分類できるかな。
 
このまま映画化は難しそう。
高階監督は、海野十三作品の幾つかのモチーフを組み合わせた。
ファンなのでしょうね。 
 

昭和初期の探偵もの中心とした娯楽小説を、
現代に土曜ワイド劇場テイストで蘇らせようと、その意気やよし。
時代感覚も地域性も、痕跡を消して、
よくここまで、手弁当で再現したものだと、拍手。
限られた予算での、
ロケーションと撮影は情熱の結晶。
 
別荘が、あえて綺麗過ぎても構わない。
ほのぼのとした共同生活の描き方は、監督の資質を感じました。
半地下の家族」っぽい展開も予想してしまいましたが、
シリアスに振らない。あくまで娯楽を追求。
 
 
時代も地域も無味無臭に、荒唐無稽を再現したシーン、一つ一つは完成度高く、
充分劇場で観る価値ありです。
が、
プロットは”相談”しちゃダメだよ。
監督に脚本の能力が無いなら、専門家を投入すべき。

それが出来ない予算規模だったら、
監督自らが脚本の勉強して、撮影前の工程の質を上げないと、
商業レベルで活動するのは、今後厳しくなるだろうな。
ぜひ、真剣に取り組んで欲しいところ。
 
 
これが長編第一作ということで、私は欠点には目をつぶる前提で観ましたが、
カメラを止めるな!」「ベイビーわるきゅーれ」「侍タイムスリッパー」のような、



インディーの神話には届かない。
その残念を記す。
 
 1.脚本は基礎から「脳が読みたくなるストーリーの書き方」
 1.1.要素を精査しよう(ネタバレ)
 1.2.”面白い”の核を貫く体力
 1.2.1.対立構造がドラマ
 1.2.2.原因と結果の謎が推進力
 2.監督の認知の歪み
 2.0.一般論 意図と俯瞰
 2.1.相談してはいけない
 2.2.冒険活劇なのか?
 3.おまけ 「プペル2」の認知の歪み
 
 
 
本作そのものから離れてしまいますが、ライティングの話題中心で。
1.脚本は基礎から「脳が読みたくなるストーリーの書き方」
 基礎を無視して、脚本兼ね、
 残念な例が近年多い。と聞く。
 
 例えるなら、コード進行知らず商業レベルの作曲するようなもの。
 よっぽどの天才でもなければ、
 作曲を順番に学んで、基礎を身に付けるのが無難。


 鼻歌で、楽譜に起こすのは別の人ってのは、脚本家雇うのと一緒。
 無謀な勘違いは、爆死への道。
  
 プロ目指すなら、
 体系的に勉強した方がいいと思うんだけどな。

 確実に効果出る領域と思うよ。 
 
 
 今回は、
 基礎的な内容以前に、脚本には意図が有るべし。と痛感。
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 スクリプトの教科書は数あれど、最初にコレ↑は承知しておきたい。
 
 
 1.1.要素を精査しよう(ネタバレ)
  いろんな要素盛り込んで、
  散漫な印象になってしまう作品が最近、多くないか?
  こっちは、ニ時間閉じ込められる覚悟で出向いてるのだから、
  雑に興味を惹こうとしないで欲しい。
  (オリジナルアニメの失敗は、大体それと思う)
 
  足すだけなら、素人でも出来る。
  プロなら精査してよ。(横槍入らない手弁当なら尚更)

失敗原稿に足りないのは、焦点だ。
焦点がないということは、さまざまなものの意味を推し量る手だてが何もないということだ。
人はあらゆることに意味を見つけたがるようにできている
――あとはおわかりだろう。焦点のない物語には、判断の足がかりも存在しない。  
そもそも、この〝焦点〟とはなんだろう? 
焦点とは、物語を生みだすためにひとまとまりとなって働く三つの要素、
すなわち、主人公の抱える問題、テーマ、そしてプロットが統合されたもの

  本作を例にとると、
   ヒロインには親子関係の問題残るが、それは置き去り。 
   痛快冒険活劇らしいが、それはガワだけ。ほのぼのラブコメに近い。(後述)
   プロットは、短編のモチーフ繋げただけ、流石に擁護出来ない。
 
  
 1.2.”面白い”の核を貫く体力
  長編1本を持続させるには体力が要るのだけど、
  手弁当系に限らず、
  この物語の何が面白いのかを、ブレずに持続出来ず、
  力尽きてしまうケースは多い。  

  脚本を頑張るだけの体力は無かったねぇ。 
   監禁された男の逃避行を描くなら、その活劇で面白くしなきゃ、
   ヒロインがメインの推理ものなら、謎解きを成立させないと。

  今回は上記の一冊だけで、長編を貫く面白いを考えたい。
   対立構造でドラマを生む。
   ”中心の謎”で、興味の持続&物語の推進。
  この2つは必須科目。
 
 
  1.2.1.対立構造がドラマ

人間は変化を好まず、対立も嫌う。時間の大半は、この二つを避けるために費やされる。
これはたやすいことではない。なぜなら、
真に恒常的に起きる唯一のもの こそが 変化であり、変化は対立によって生じるから
 -中略- 
それに、そこには矛盾もある。
人間が生き延びてきたのはリスクを冒したおかげでもあるが、
人が目標とすることは、絶対にそうしないとならないというとき以外は微塵も変化を求めずに安全を保つということなのだから。これぞ対立だ!
そして 物語 もまさにそうだ。物語の仕事は、まさに人間がこの対立をどう処理するかという取り組みであり、極論すれば恐れと欲望の闘いを示すものなのだ。
だからこそ、物語の生命線が、はるか昔から対立に求められてきたことは驚きではない。

   ドラマって対立構造のこと。
   最初は、そう思ってて間違い無いんじゃないですか。
   高度なことヤろうとする前に、それチャントやってよ。
   そう思うこと多い。

   冒険活劇謳うなら、逃げる者と追う者を本気でやりなよ。

   本作は、モチーフの連続で、
   柱となる対立構造が見えて来ない。
   特に、””逃げる”を描かないから、組織側が間抜けで人手不足に見えちゃう。
   そこサスペンスに盛り上げない逃走劇は成立しない。
    島からの脱出を試みる側と、
    それを阻止する側。
   描写が不足。自分で物語作らないと。
 
 
  1.2.2.原因と結果の謎が推進力

物語は、〝起きるだろうと思ったこと〟と〝かわりに起きたこと〟の対立のあいだで生まれ、
最初から最後まで、原因と結果の明白な軌跡に沿って語られていく
――そうでなければ、〝ただ次々と物事が起きる〟だけになってしまう。 
 -中略- 
脳は原因と結果の観点からすべてを分析する。
このため、物語が原因と結果の明白な軌跡に乗っていない場合、脳は何を理解していいのかわからなくなってしまう。
そのせいで本を窓から投げ捨てたくなるぐらいはましなほうで、身体的な苦痛の感覚の引き金となることもある。
ただ、物語を軌跡にとどめておくためには、
〝もし〟〝その後〟〝だから〟という三つの呪文があれば充分 
 -中略-
行動、反応、判断――これが物語を先へと進める。
物語は、最初から最後まで原因と結果の軌跡に従わなければならないため、
主人公がようやく最終的なゴールに取り組むときには、
主人公を導いてきたその道筋が明白に見えるのみならず、
あとから振り返れば、最初からそのゴールは避けられないものだったということがわかるようになっているはずだ。
この〝あとから振り返れば〟が重要だ。物語のすべては完全に予測可能であるべきだが、
これはあくまで、〝結末〟がわかったあとで考えてみれば、ということでなければならない。

   本作を離れても、脚本が雑と言われる作品は、 
   概ね、この因果律が投げっぱなしで、物語の中心の謎が機能しない。
   ”そうはならんやろ!” で脳が占有されて物語に入れない。
   オリジナルアニメの危機は、優れた脚本の元で訴えてよ。
   ご都合しか出来ないなら原作有りきで構わない。と説得力を与えなさんな。
 
   
 
2.監督の認知の歪み
 箱書きくらいは、書いたのかなぁ。

 プロットを俯瞰的に眺める訓練が、出来てるとは思えず。
 様々な思惑に左右される要因が少ない独立系では、
 要素ばかり多くてプロットがダメを、私は許容しない。
  
 意識が外向きであれとは言わない。
 内向きの影響で、近視眼的になり、バランスを失うことを危惧する。
 
 高階監督の舞台挨拶にも付き合って、
 マネジャーとして優秀なのは伝わるけれど、
 それはリーダーとは別の能力。

 物語の意図が伝わって来ないのは、そのせいかと疑った。
 

作家がこんなに少ないのはなぜなのだろう? 
ダンバーの研究によれば、重要な要因のひとつは、いわゆる〝意図性〟だという。
簡単に言えば、ほかの誰かが考えていることを推測する能力だ。
 -中略-
優れた作家は何が違うのだろう? 
物語の作者は、
自分にわかっていることと自分の登場人物が考えていることを考慮し、
同時に読者の考えも念頭に
 -中略-
作者のあなたには全体像が見えている。
何が 実際に 起きているのかを知っている。
宝物がどこに埋まっているかも、
主人公がどれだけ熱心に探しても、何も手に入らないことも知っている。
主人公に嘘をついているのは誰か、真実を話しているのが誰かも知っている。何が真実でどれが違うかも知っている。
一方で、あなたの登場人物のほうは、
実際に 何が起きているか知らないことも多い。つまり、自分たちが生きている世界ではなく、まったく違う世界を想定して行動する。
作者はときどきその観点を見失ってしまうことがある。
作者が 真実を知っていて、将来がどうなるかもわかっているために、
逆に登場人物にはわかっていないことがあるのを忘れてしまうのだ。

 本作を離れて、ダメな脚本の決定的な点。
 雑な脚本は、自己投影に酔ってしまう。
 自分が生み出した存在であっても、他者は他者。
 その認知が出来てない。
 
 
 2.1.相談してはいけない
  本作に戻ると、
  役者陣と相談して進める事と、ディレクションすべき事。
  後者でないと困る事あり。

  各シーン自体の完成度は高い。
  それは監督のマネジメントの手腕も感じさせる。
  が、長編1本を通してのプロットが構成出来てない。 
 
  それでいいと割り切ってるのかもしれないが、
  映画監督で身を立てようと志すなら、それはキツイ。
  娯楽映画じゃ通用しない。
  長編に耐えるだけの脚本力は必須。
 
  他に無い趣向で、
  セリフに頼らなくても表現は出来るし、
  紙芝居的画作りも楽しい。
  なので次回作は是非、脚本を鍛えて。
 
 
 2.2.冒険活劇なのか?
 監督の発言には疑問。
  主張と作品がズレてる。
  本作のアクションに興奮は覚えず、得意とは思えない。
  「翔んだカップル」を思い出すような、ほのぼの共同生活だったよ。

  好きなのも、こっちの路線じゃないかな。
  監督の本来の資質は、本作でも発揮されてると観てた。
  
  だから、その分は楽しめるのだけど、
  青春ものっぽいんだよなぁ。

  自己認知が根本的にズレてる気がする。
  だったら、早めに気付いて欲しい。
 
  
 

無駄な不幸は避けたい。  
3.おまけ 「プペル2」の認知の歪み

 こんなに面白い↑のだから、
 映画の為に潰れるのは避けて。
 この失敗を糧に、捲土重来を期して、認知を改めて欲しい。
 
  映画や、オリジナルアニメに危機感持つのは、
  君の仕事じゃないよ。
 
 吉本の後ろ盾を失った代わりが、同時視聴のドブ板接近戦。
 認知歪んでないかな。
  
 ほぼシネマ・ロサのみからスタートしても、
 本当に面白ければ、
 そこから大ヒット、大規模公開に繋がる神話も生まれてる。
 
 
 原作の絵本以上の結果を、小手先で得ようとしてる。と見えてしまう。
 初動不発かつネット不評を挽回しようとして、
 露骨な販促が逆効果なのは、「果てスカ」で証明済。

 脚本が面白いって、公平な評価を得ないと、大ヒットは無理っす。
 或いは、
 コミュニティの身の丈に合った公開規模か。いずれか。
 
 規模より、
 コミュニティの満足度を高めることに注力すればいいのにと、
 余計なお世話だけど、目を覚ませと。
 クラファンを投資話に寄せてるなら、大コケは幸運と思う。
 付き合う人は選んだ方がよい。
 
 
 
以上、
脚本が雑と批判する以上は、雑な批判はしたくなかったので、
最低限守るべき鉄則を復習した次第。
 
 
 

サスペンスにはサスペンスフルな曲を、改めて聴くと華麗ですね。

いろんな意味で、もう地上波じゃ作れない。
 
 
 
2026.04.03 08:00現在
 交渉の裏側は分かるはずもなく、
 発言を額面通り受け取る必要もないが、
 NATOやロシアの動きが鍵なら。バイデン政権からの総決算。
 テクニカルには、20MAの上半身に戻し、転換の前触れ。
 ま、4.10の段階で結論付けるべし。

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