「しびれ」少年の孤立無援を過剰に描く唯一無二を、誰も褒めない。が北村匠海に遠慮と路線変更。


うーん、予告からして、
そこじゃねーんだよなぁ。
北村匠海が優れた役者なのは、実は当たり前で、
内山拓哉監督ワン・アンド・オンリーの褒めポイントは、其処じゃない。
 
ベルリンですら、
前半、子役達の日常パートを褒めて貰えてないのか、、

そんな感想になるとは想像だにせず。
終わる前に、気鋭の内山拓哉を観ておこうと、 
夕刻のシネマロサまで。
 
しかし、配役が豪華なので、
聖地が似合う独立系の作風とは思いもせず。
 
世間の評は確認してました。
不評は、 
 写実的作風だと有りガチなパターンで、気にせず、 
 脚本がドラマに寄せて下手そう。そこは懸念。
ま、観れば分かる。
  
 
 《 開演 》 
※ネタバレします。
 
 
いきなり、 
寄り切った画面に驚きました。圧が強い。
上手いとは言えませんが、画作りは意図的ですね。
川の水、盗みなど、
 少年の日常を執拗に寄りのまま、
 長回しで追いかけ回す。
そんなカメラに驚きです。
 
先に電気ガスが止まる、公園の水道有る、ろ過の知識は何処から、etc
ツッコミどころは当然で、リアリズムではありませんが、
 社会からも、家庭からも、孤立無援な主人公を、
 過剰に出力高く、暴力的に描いて、
唯一無二。
 
DVなどの説明的描写よりも、よっぽど胸に迫ります。
これは観たことのない個性、素晴らしい才能かと、
惹き込まれました。 
ところが、

北村匠海に、
カメラが気を使い、見切れ過ぎる寄りは出来ない。
ちゃんと表情を撮り、演技を映す。
 
子役を撮るスタンスから路線変更して、
しばらく、どうでもいいフィクションを挟み、
葬式から元のトーンに戻ります。
 
豪華なキャストですから、このくらい演じても私は驚きません。
最初から過小評価していません。
そんなことより、
 ドラマ足して、客の興味引くような日和り方せず、
 撮り方は一貫して変えず、
 断片的な記憶のエピソード年代ごとに並べるに留め、
葬式で終われば、手放しなのですけれど、
 
作り手自らが、作劇意図を信じ切れず、
役者の演技と、上手くもない物語に頼ろうとします。
 この、軟弱もの!
ビンタしてやりたい。
 
新しい種類の才能かと、色めき立ってしまったけれど、
後半、期待がしぼんでしまいました。
 
 
観るべきもの有ったのに、
後半の路線変更によって、貴重な個性が帳消し。
残念な気持ちを抱えて、帰宅しました。

 
では、個別に。 
 0.予習の段階でネタバレ 脚本は下手と知る
 1.引く処は引き、割るべきは割っても
 2.北村匠海で路線変更へ 脚本に時間かけ過ぎ
 3.私小説的の解釈間違い 脚本力が無い理由
 4.ベルリンさえも、そこ褒めない
 5.配役豪華な環境に甘えたままでは、、  

0.予習の段階でネタバレ 脚本は下手と知る
 世間の評を確認していて、父親を刺す件を知ってしまった。
 衝撃の展開らしいが、
 神話に寄せて、不自然にドラマを足してるらしい。
   
 前半は淡々と時間の経過を追うはずなのに、
 後半はドラマ始める。
 脚本はバランスを欠くが、役者の力でねじ伏せている。
 どうやら、
 監督としてディレクションに優れるが、脚本は下手。
 一長一短の作品らしかった。
 
 評価は概ね、主役の演技が欠点を補って余りあるかどうか、
 そこが分水嶺で、
 高評価は、
 ストイックに役にのめり込んだ北村匠海の功績。
 との前提で、作品を観ることとなる。
 
 
 
1.引く処は引き、割るべきは割っても
 新潟のどんよりした風景を撮りたくて、
 16ミリフィルムに拘ったのだから、

  引きで固定で撮るべきはないか?
 特に、少年が歩き続けるシーンなど。延々そこまで寄らなくても。
 
 説明的ショットを挟むのに、
 無理にカメラ動かして映すのは、感心しなかった。
  そこは素直にインサートでいいじゃん
 長回しが強引すぎて、ドキュメンタリ風の作為だけが際立つ。
 
 
 少なくとも前半は、写実的スタイルを採用し、
 日常の淡々とした描写続ければ、
 どんな作品も、商業映画では、一定数の不評は避けられない。
 事前には、そんな理解でいた。
 
 実は、ぜんぜん写実ではない。
 描く対象は淡々とした日常でも、過剰に情念が爆発した撮影だった。
  googleの野郎、適当こきやがって
 
 それを、3人の子役に渡り延々繰り返すので、
 素人が撮ったような映像は意図的なのだと、
 流石に納得させられた。
 過剰なエモーションを演技でなく、カメラに乗せている。
 それはそれで、得難い才能だった。
 
 
 
2.北村匠海で路線変更へ 脚本に時間かけ過ぎ
 ところが、
 主役交代で、撮り方が変わる。
 明らかに、有名俳優に気を使っている。
 そこまで無遠慮に寄らない、表情をしっかり撮る。
 演技は見やすいが、
  なんだ、ヒョッたのか
 
 このくらいはヤルよ。実力の有る役者だもの。
 演技に関して、ビッグネームは期待通りで、
 それが見どころなら、普通に撮ればいいよ。
 あんな撮り方の必然性が無い。
 
 私の評価は、世間や批評家と真逆となった。
 前半は評価し、後半にがっかり。
 
  
 もしかしたら、
 北村匠海決まってから、見せ場を追加したのかもしれない。
 脚本に時間かけ過ぎ、主題がブレるのは、有りガチ。
 少なくとも、路線変更は失敗。
 
 
 
3.私小説的の解釈間違い 脚本力が無い理由
 内山監督の”私小説的”の解釈が間違ってる。
 私は、そう結論に至る。
 
 本作での図式は、 
  作り話を足しドラマ成立 = 脱私小説
 と成ってしまっている。
 私小説の解釈そのものが間違っている。
 大事な事なので、2度言ってしまった。
 
  小説ろくに読んでねえだろ
 google曰く、本作での方針を語っているという、

あえて説明的な演出や過度な物語化を徹底的に排除するアプローチを取る

 それが、日本伝統の私小説の写実主義なんだよ。
 私小説と再現VTRの区別が出来ていない。
 
 彼が挙げるリアリズムの巨匠達は、ゾラから読んでるよ、きっと。
 表面だけ真似ても、映画だけ観ても、ハリボテ感は拭えず、
 北村匠海に気を使って、ドラマ盛り、決定的に綻んだ。
  過度な物語性を足して、説明的演出しただろ!
  嘘つくなよ

 映画観てるだけでは、リアリズムは撮れないよ。
 それで、2時間保つ脚本は書けない。
 巨匠達も学んだ小説くらい読んどけ。
 せめて、
 ”北村匠海の登場で、ドラマ盛りました” と正直に告白しろ。
 
 脚本という文字を綴る工程は避けられず、
 ルックだけ先人を参考にしても、バレちゃうよ。
 ”漫画読んでるだけじゃ、漫画家に成れない”と同じ。
 
 例えば、
 森田芳光、伊丹十三に比べると、相米慎二すら怪しい。  
 文学的素養は、滲み出てしまう。
 
 
 
4.ベルリンさえも、そこ褒めない
 世間の評では、”前半上げ、後半下げ”は見つからず、
 せめてベルリンくらいは評価してほしい。
 
 写実とは言えないが、
 素材は淡々とした日常で、
 寄り過ぎるカメラで、エモーションを爆発させる。
 暴力的で過剰にして、特異な表現を褒めて欲しいなぁ。
 一方で、 
 ヨーロッパ発祥の写実主義舐めんなよ。
 バックボーンの脆弱さ、背中が煤けてるんだよ。

 くらいは、
 言って欲しかったな。
 褒めも貶しも、日本と大差ないお座なり。
 
 前作もアマプラで観て、 

 作風はまた違うが、
  長回しはモノマネで、
  手練なビッグネーム達の力量に頼る。
  物語が上手いとは、、
 
 本作の前半は断然良いよ。
 少年の孤立無援を描いて、モノマネから脱却したオリジナル。
 少なくとも、魂が宿る。
 
 まあ、後半ああなっちゃ、自業自得とは言え、
 悲しい。
 
 
  
5.配役豪華な環境に甘えたままでは、、
 ディレクションが優秀であっても、
 本作の後半のままで評価されては、先が無い。
 
 作風を様々コピーするトライアルしたいなら、自主で撮りなよ。
 自分でカネ集めて、演者にオファーしたらいいのに。
 商業クラスでは、いずれソッポ向かれる。
 
 キャスティングに甘えすぎ。
 安易にドラマぶっこみ過ぎ。
 モノマネはモノマネ。
 
  ダメの自覚は、出来てるのだろうか?
 
 
 才能は認める。
 しかし、これなら、
 自らの資本力で、
 同じ映画館のインディーズフィルムショウから、やり直した方がいい。
 勘違いに気づくのが最初。
 
 
  
本作奨めるかどうか以前に、
小説読めよ! と監督に言いたい。
 
 
 
監督は、現実見ろよ

 
 
 
2026.10.23 11:30現在
 どうやら、
 -2σタッチから、前の安値試すらしい。
 材料は気にせず、テクニカルだけで判断する方針。

カテゴリー: 書評、映画評など パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*