「スリービルボード」現代のシェークスピア、ハリウッドに降臨。 セリフはゲスで不謹慎で、もっと笑ってよいと思う

圧倒的な脚本なのはもう周知のとおりでした。
サンドリゲスナーのようなセリフの応酬にワタクシ沢山笑いました。
が、やっぱ不謹慎すぎるからか、きっちり笑い取ってる(と見える)のに劇場の反応は静かで、
もったいないなー。

「最後まで飽きさせない」ってこういうことなんだな。
逆に破綻したストーリーだと途中でガス欠起こすってハリウッドに突きつけてる。
 
脚本賞は当然として、因業BBAの主演女優も堅そう。バカ白人警官の助演賞もありかな。
当然の如く、役者さんは皆上手いです。
で作品賞をデル・トロの逆人魚姫と争うとの下馬評ですね。
完全に黙殺された「デトロイト」についても、もう一度考えたい。

富山の魚津なら想像つくけど、ミズリー州の山奥の街には疎いワタクシ。 
まあ、長野県の軽井沢の外れくらいかと、補完しつつ鑑賞。
  
あと、善意と能力は無関係という話と、組織はピーターの法則的なこと、
各種評論で語られなさ過ぎることは、映画評論家に対して不満です。 
 
 
  
セリフがイカしてて、イカれているので、ゲスナーのやり取り面白がらないと損です。
字幕で追わなきゃいけないのが辛いとこではありますけど、
とろサーモン久保田とか嫌いな、ゲスを受け付けない人はムリかもしんないけど。。
ゲスと見せかけて、極論な正論言ってるだけなんですよね。そこが笑いというもののマジックで、

かなり巧みだと思うんだけどなー、
劇場はけっこう静かで、自分との反応のギャップを感じました。
 
笑いは攻撃(by岡田斗司夫)なので、そこに共感なく不快のみだったかもしれませんね。日本。
 
それでも、笑えるところは笑った方がいい。
そういう映画ですから、その方が1800円に対してお得です。
 
特に広告屋のレッド君にはコメディの才能感じます。
ちょうどサバンナ高橋みたいな佇まいで、とぼけた味よく出してます。
劇中唯一の100%の善人なこともあるでしょうけど、
レッド君もっとコメディ一杯やってほしいですね。
 
映画でコメディーは兎に角大変で、絶滅危惧種なんだから、もっと大事にしたい。
最初にそんなこと思ってしまいました。

圧倒的なストーリーテリングに、
社会派でちょっと照れくさい素敵なテーマ、
それを巧みな人たちが映画化したので、他の点で評価高いのは当然ですが、
コメディ要素だって、負けてないよ。
そこもっと褒めようよ。
 
 
 
で、現代のシェークスピアの脚本は、兎に角裏切る。
お約束な展開を常に裏切って行きます。

最初、無能警察に因業BBAが反撃するヒャッホーな映画かと思わせて、
あれ、「生きる」なのか、と思ったら、ああそう裏切るのねって衝撃受けて。
え、デトロイトみたいに暴走キチ◯イ警官やるの?
ああ、そういうフリだったのね、上手いなあ。
と安心しかけると、安定の裏切り。
裏切り続けて、最後もハリウッド的な結末裏切って見事な着地です。
 
 
21世紀にもなると、もうお話のパターンなんて出尽くしてしまってるので、
展開で興味持続させるのは、なかなか難しい時代。

日本で例えるなら、ゴチャゴチャしすぎない富樫かな。
キャラの在庫整理とっととスッキリして、ちゃっちゃと話進行したら、こんな感じじゃないでしょうか。
 
「テラフォーマーズ」も最初新鮮だったのは、
重要そうなキャラがあっけなく死んだりして、臨場感の演出上手かったからですよね。
その後、お話上手くなくて、失速気味ですけど。
 
 
予測不能とか紋切り型なことは言いませんけど、
展開見事で飽きさせないリズムで、それでいて破綻しないんですよ。
 
単純な二元論とかベタは絶対やらないし、
これがアカデミーノミネートは爽快な気分になります。
逆にハリウッドも捨てたもんじゃないって思ったりもします。
 
ベイビードライバー」でも、
「そりゃねーよ。」ってツッコミいれざるを得ず、興味の持続で失速しますけど、
ま、「デトロイト」は言わずもがなとしても、
最後まで連れてってくれない作品って、やっぱ脚本がダメです。
 
しがらみもあって、いろいろ言われるんだろーな、ハリウッドも。
同じフォックスでも、20世紀とは違うらしく、
ああデル・トロもそうですけど、サーチライトって、
ハリウッド的大作に対して、作家主義の中小な作品目指してるそうです。(カッコイイネーミングですね)
よけいな口出す人いないんでしょうね。
その住み分け戦略は大正解で、結果に現れていますね。
アメコミと「事実に基づく」の後の、今後の潮流になるといいですね。

日本でも、松竹が「ピンカートンに会いにゆく」やったり、こういう試み続くといいな。

ヤり尽くされたあとのいい脚本ってホントに希少で探し出すの大変ですから、
才能大事に愛でたいものです。
 
 
 
アカデミーノミネートと「デトロイト
この映画観たら「デトロイト」は霞みますよそりゃ、
リベラル界隈なハリウッドに、イギリス人が皮肉ったっぷりに冷水ぶっかけてる意味もあってね。 
 
ああそういえば、主演の因業BBAはほんと男前で、
「ミートゥー」ってセクハラのやつ「勝手にやってろ!!」って無視して、
スピーチでも、ネットフリックスとかの今ココにある映画にとっての危機感訴えたそうです。
劇中同様に、ヒャッホーな反骨っぷりです。

ああ脱線「デトロイト」。
脚本は論外として、作品賞ノミネートはあっても不思議じゃないし、撮影だって、
 
なんといっても助演男優賞にもかすらないのは、不自然でしょ。
あの極悪警官っぷりが無冠なのは、あり得ない。 主義主張は別に演技は評価されるべきです。
  
黙殺するならするで、
「事実に基づく」といいながら「フィクションです」って逃げ道でご都合よく捻じ曲げることについて、
映画界としての態度をオープンに議論してもらいたいですね。
いい話の「ドリーム」だってオレはそのやり方賛成できないもの。

映画でプロパガンダやるのは方向性に関わらず危険な手法、
そんなに社会問題やりたいなら、ジャーナリズムじゃなぜいけないのよ。作品の完成度下げてまで。
「ミートゥー」って着地は待遇改善じゃなく、「オペラウインフリーを大統領に」だよ。
やり口にモラルがねえよ。たとえ言ってることが正しくても信用できない。
グラミーでヒラリーの演説流すとか、自殺行為だし、
 
黙殺じゃなく、オープンに議論してもらいたいです。自由の国なんだから。
 
 
 
閑話休題。映像や音楽も褒めようよ。
あんまり、好評じゃないらしいですけど、ボクは音楽高評価です。
やり過ぎず、ちょうどよくて風景に似合った美しさ。
このバランスは素晴らしいと思います。

で、映像は映画館で観て。
ビルボーズ。何故三枚の看板か、とかどうでもいいが。
そういう深読みとか、一生やってろって思いますよね。意味ねーよ。
 
盛り付けは奇数が基本なんだよ。
1じゃ、車から観て流れて移りゆく効果が無い。
5は多すぎ。
2、4の偶数は収まり悪い。オチがつかない。
 
視覚効果考えたら、3しかないんだよ。

そんなことより、細長い四角のフレームだよ問題は。
看板のサイズ、封筒のサイズ、スクリーンのサイズを意図的に合わせてますよね。
テレビのスタンダードじゃない。
看板同等に大きくかつ、あのフレームの画角で観るところに効果あると思うんですよ。
 
横長って、人物のアップとかには向かないんですよね。
長物は接近戦向きじゃないので、テレビとは違う見せ方要求されます。
その余白に、どういう情報量入れるかって、計算よりセンスだと思うんですよ最後は。
それも、うるさくない程度に上手だと思いましたよ。

色彩的には、赤と森の緑と闇のコントラストに言及する割に、
フレーム感の視覚効果言われなさ過ぎなのは不満です。だってそれがタイトルなんだし。
  
良い脚本で良い役者陣なのだから、
それ見せるのに他でやり過ぎてはいけない。邪魔になる。
余計なことせず、かつ必要な効果は発揮する、
機能してることに対してもっと評価すべきと思うんだけどなぁ。
 
 
 
で、機能といえば、ピーターの法則ですが、「踊る大捜査線」。
警察といえば、それまでは型破りなヒーローか、悪徳か二択だったのに、
公務員な官僚組織として描き直したのは画期的でしたよ。織田裕二。
 
古いステレオタイプとは別に組織には組織の理屈があるって、提示して見せたんですから、
 
大抵の日本人なら、機能しない組織の経験あると思います。
職場じゃなくても、学校でも、公共機関でも、
で、悪人が悪を行うから、組織がダメって話じゃなく、
世の中三流マスコミが描くような現実とは違って、一人一人は良い人。
むしろ良い人で、摩擦さけつつがなく暮らしたいから、組織って腐るし無能化する。

署長良い人です。でも良い人とマネージャとして有能かどうかは関係ないでしょ。
平和な田舎町の警察署なんて、あんなもんんかもしれません。その方が収まりいいかもしれません。
で、組織は無能化する。人は無能なことまで出世しますから。
 
東芝とかだって、みんな良い人だと思いますよ一人ひとりはきっと。
投資家にとっては悪人でも。
現実はハリウッドじゃないし、批判してる方の組織構造がまさにそれだからブーメランなんだし。
  
で、鯛は頭から腐りますから、
トップが代わらないかぎり、変革できません。
トップの方針にそって以下は組織内での最適解見つけますもの。
4,5年で任期で再選に制限あるのは経験に基づく人間の知恵ですね。

差別じゃなくて、組織の規律の話じゃんて、ちゃんと描いてるのは痛快でした。
文句付けられないように、やることキッチリやって、
組織に規律持ち込む敏腕マネージャー登場。無駄がない。
 
想像だと、アメリカって、地域の警察署→州警察→FBIだと思うんですけど、
 
所轄の警察署じゃ巡査の仕事がメインで、 
現場検証とか周辺の聞き込みとか報告書は上げたと仮にしても、
事件性ある殺人とかは、県警の捜査一課かどうかの担当になる気がする。
より社会的影響大きかったり、広域だと県跨いで合同捜査本部が設立される。
 
一通りのこと以上の捜査は彼らにもともと能力与えられてもいない。
だから、刑事の才能あるって手紙が生きるですけど、
たぶん、資質と今の似た仕事のマッチングが上手くいってなくて、バカ警官でくすぶってる。
 
組織の機能とか、能力とか、そういう話あえて無視されてるみたいですけど、
ピーターの法則をちゃんと描くって、もっと褒めましょうよ。
まるで、組織論だと都合悪い人たちがいるかの如くに黙殺しないでさ。もっと褒めろよ。
 
腐敗は悪意じゃなくて、無能化の果てって、
「これが現実」なんだけど、それハリウッド映画で観たことない。快挙じゃん。
ハリウッド映画みたいな簡単で一面的な人物造形は、化学調味料みたいに味気ないもん。 
  
 
ああ、もう一つ評論への不満は、
完成度は難度を考慮して採点。「愛」は「憎悪」より高難度。
イナバウワー完璧に美しくても、加点されない。
果敢に、4回転連続で飛ぶ方が、多少ブレても評価される。

憎しみや悪って、やりやすいものA難度。
「愛」を描くというだけで、Cいや最低限D難度じゃないの。

やり方としては、カウリスマキみたいに単純だけど一周回って敢えての寓話。
でもそれも、ある意味逃げで、正面切って愛を描くのは、
どうしてもベタになりガチ。間合いが難しい。
 
照れ屋のシェークスピアが、手練手管を尽くして、真っ向勝負したんだから、
その難度へのチャレンジを評価しようよ。

「憎悪」を描いた「デトロイト」よりも完成度も高いとオレは思うが、
それ以前に、
「愛」を実践することにより人は救済され、かつ愛は伝播する。
って話を臆面もなくやるのは、大変だよ古典ならまだしもユルされても、
現代は厳しい。ウソがヘタだと炎上しちゃうもの。

クリスマスツリーの糸井重里とか絵本作家のぶみみたいに、
炎上した理由はいろいろ言われてるけど、
ウソついたから、そしてそのウソが美しくないから、
それに尽きるよ。

美しくウソをつくためには、
美しいウソのために並々ならぬ注意が必要で、
めったに成功しない取り組みだもの。
みんな尻込みして、やらない。
 
そのチャレンジングな精神をもっと褒めろよ。

兎に角傑作で、それが21世紀の今の映画である必然性が確かにある作品。
ぜひ、今劇場で、どうせなら大きな横長のスクリーンで観ることお勧め。
 
あの空間にワザワザ足運んで観る意味があるってことが、映画の価値だもの。
 
 
 
質問コーナー、お問い合わせは、sanpome.net@gmail.com まで。

  
 

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